ナルフェック王国の女王

 ナルフェック王国の女王ルナに、ヴィルヘルミナがナッサウ王家の生き残りであることが知られており、驚愕で言葉が出なかった。

「あら、まだ敵か味方かも分からない相手にそのような表情を見せてはいけませんわ。上手く隠さないと」

 ルナは上品でミステリアスで、考えを読ませないような笑みを浮かべている。

「あの……どうしてそれを……? エフモント公爵家の家族しか知らない情報ですよ」

 何とか声を絞り出したヴィルヘルミナ。隣のマレインもルナに警戒心を露わにしている。

「我が国には、髪の毛一本から遺伝子を調べることが出来る技術がありますの」

 考えを読ませないような表情でルナがそう言うと、そのタイミングで示し合わせたかのように部屋に入って来る者がいた。


 太陽の光に染まったようなブロンドの髪、サファイアのような青い目。端正な顔立ちでヴィルヘルミナの義両親と同世代の男性だが溌剌とした若々しい雰囲気である。そしてルナよりも長身であった。

 ナルフェック王国の王配のシャルル・イヴォン・ピエール・ド・ロベールである。

 シャルルはヴィルヘルミナを見ると、サファイアの目を輝かせ、同胞に向けるような笑みを浮かべていた。


「その……髪の毛一本から遺伝子を調べられる技術……。つまり、ルナ様はわたくしの髪の毛をお調べになったということでしょうか?」

 ヴィルヘルミナは戸惑いつつそう聞いた。するとルナがゆっくりと頷く。

「ええ、そうですわ。我が国の諜報部隊の一人がドレンダレン王国の王宮におりますので、ヴィルヘルミナ様の抜け落ちた髪の毛は簡単に手に入りましたわ」

「僭越ながら、この私ダリア……いえ、任務中なのでまだサスキアが、ヴィルヘルミナ様の抜け落ちた髪を失敬いたしました」

 ヴィルヘルミナと共にいたサスキアが妖艶に口角を上げる。彼女の本名はダリアと言うらしい。

「発言の許可をいただけますでしょうか」

 そこでマレインがスッと挙手した。するとルナは「どうぞ、マレイン卿」と許可する。マレインは一言「ありがとうございます」と礼を言い、言葉を続ける。

「確かにナルフェック王国は科学的に発展しているとは存じ上げておりますが、ミーナ……我が国の王太子妃の髪の毛だけで、何故なぜ彼女がナッサウ王家の血を継いでいることがお分かりになるのですか? 前国王であるヘルブラントや前王妃エレオノーラ、そしてナッサウ王家に連なる者は皆処刑されてもうこの世にはいないので、彼女の髪の毛一本だけでは証拠として物足りないと思うのですが」

 真っ直ぐルナを見て、疑問に思ったことを全て口にしたマレイン。

 するとルナは意味ありげに微笑む。

「良い着眼点ですわね、マレイン卿。確かに、ただヴィルヘルミナ様の遺伝子を調べただけでは彼女がナッサウ王家の血を引いているかは判断出来ませんわ。ですが……」

 そこでルナの隣にいたシャルルが一歩前に出る。

「シャルル様……」

 ルナは柔らかな視線をシャルルに送り、再びヴィルヘルミナとマレインに視線を戻す。

「彼、わたくしの夫でありナルフェック王国王配のシャルルがユブルームグレックス大公国出身であることはご存知でしょうか?」


 ユブルームグレックス大公国。ナルフェック王国とガーメニー王国の国境上にある、比較的小さな国だが経済力などは侮ることが出来ない。


「ええ、存じ上げております。シャルル様がユブルームグレックス大公家のお生まれであることも」

 おずおずと頷くヴィルヘルミナ。

「端的に言いますと、ヴィルヘルミナ様の遺伝子とシャルル様の遺伝子を照合させてみました。その結果、お二人は血縁関係があることが判明したのですわ」

 ルナの言葉に、ヴィルヘルミナとマレインは目を丸くした。

わたくしとシャルル様に……血縁関係が……?」

 ヴィルヘルミナは混乱していまいち状況が飲み込めない。するとシャルルが口を開く。

「僕の母であり、ユブルームグレックス前大公妃のシュザンヌはドレンダレン王国の王女でした。ドレンダレン王国ではスザンナと呼ばれていたようです」

 溌剌とした声で続けるシャルル。

「つまり、僕の母はドレンダレン王国の前国王ヘルブラント様の叔母。ナッサウ王家の血を引いています。それに、僕もヘルブラント様とは従兄弟同士の関係なのですよ」

 ヴィルヘルミナとマレインはシャルルの言葉に大きく目を見開く。

「つまり、シャルル様もナッサウ王家の血を引いているということでございますね」

「だからミーナの遺伝子と照らし合わせたら血縁関係てあると判明した……」

「そういうことです。僕も、継承権はないとはいえ、ナッサウ王家の血を引いていますから」

「そもそも、何故ヴィルヘルミナ様の遺伝子を調べようとしたのかというと、貴女はシャルル様と同様、特徴的なブロンドの髪の持ち主だからです。サスキアから、ヴィルヘルミナ様の髪は光の加減により太陽光のようにも見えるとの報告がありましたので、まさかと思いましたわ。そのようなブロンドの髪を持つ者は、ナッサウ王家かウォーンリー王国のハルドラーダ王家のみ。ですが、ドレンダレン王国とウォーンリー王国の関係性から、ハルドラーダ王家の可能性は限りなく低い。ですので、ヴィルヘルミナ様とシャルル様の遺伝子を調べて照合してみようと思いましたの」

 ルナは品良く口角を上げた。

「ヴィルヘルミナ様、僕は貴女の従伯父いとこおじに当たります。貴女にお会い出来ることを楽しみにしておりました」

 シャルルはヴィルヘルミナの前までやって来て、スッと手を差し出す。

「貴女が生きていてくれて、きっとヘルブラント様やエレオノーラ様もお喜びでしょう」

 優しくサファイアの目を細めるシャルル。ヴィルヘルミナはその言葉に、胸が込み上げてきて泣きそうになった。しかしグッと堪えて、柔らかで肩の力が抜けたような笑みを浮かべる。

「ありがとうございます、シャルル様」

 ヴィルヘルミナはシャルルと握手を交わした。マレインはヴィルヘルミナの背中をそっとさすった。


「さて、本題に移りましょう」

 華やかで澄んでいて、かつ厳かな声のルナ。それにより、ヴィルヘルミナとマレインの背筋はピンと伸びる。

「ヴィルヘルミナ様は革命を起こし、ドレンダレン王国を変えようとしているのですね」

「はい」

 ルナの言葉にゆっくりと頷くヴィルヘルミナ。タンザナイトの目からは覚悟がうかがえる。

 するとルナは満足そうに微笑む。

「では、わたくしもヴィルヘルミナ様に協力いたしますわ。武器や軍事力、そして知恵など、革命に必要なことがあれば言ってください。ナッサウ王家の血を引く貴女なら、ドレンダレン王国の女王にもなれるはず。わたくしは、貴女がドレンダレン王国の女王になるのであれば、国交を再開したいと存じておりますわ」

 その言葉を聞いたヴィルヘルミナの表情が明るくなる。

「本当……でございますか……!?」

 タンザナイトの目には輝きが見えた。

 ルナはゆっくりと頷く。

「更に、ネンガルド王国やガーメニー王国や、主要な近隣諸国にも、協力を仰ぎますわ。貴女がエレオノーラ様の娘だとネンガルド王国の王家の方々が知ったのならば、きっと彼らの協力も得られますわ」

 ヴィルヘルミナの実母エレオノーラはネンガルド王国の王女でかなり慕われていたのだ。だからエレオノーラを殺したベンティンク家を深く恨んでいるようだった。

「ありがとうございます! ……ですが、何故ルナ様はそこまでわたくしに協力していただけるのですか? ナルフェック王国に大した利点はありませんが……」

 心強い味方を得て嬉しい反面、少し疑問も感じるヴィルヘルミナ。

 するとルナは困ったように微笑む。

「感情的な理由でございますわ。一国の女王としてはあるまじきことですが」

「感情的な理由……ですか?」

 ヴィルヘルミナはよく分からないと言うかのような表情である。

「今のドレンダレン王国は、ナルフェック王国のもしもの姿だと思っておりますの」

(……ドレンダレン王国が、ナルフェック王国のもしもの姿? どういうことなのかしら?)

 ヴィルヘルミナは首を傾げる。隣にいるマレインも怪訝そうな表情だ。

「ヘルブラント様のご両親、そしてわたくしの両親は、アシルス帝国に向かう船に乗っており、その道中、海難事故で亡くなってしまいましたわ。それにより、わたくし達は早くにそれぞれの国の王位を継ぐことになりました。ヘルブラント様がドレンダレン王国の国王に即位なさったのが十六歳。わたくしがナルフェック王国の女王として即位したのが十五歳。年齢的にもまだ未熟ゆえ、クーデターを狙う者はおりましたわ。結果的に、ナルフェック王国はクーデターを防ぐことが出来て今に至る。ですがドレンダレン王国は……」

 ルナははそこで少し悔しそうに口をつぐんだ。何が起こったか知っているヴィルヘルミナとマレインはハッとする。

わたくしも自国のことで必死だったとはいえ、同じ境遇にあったヘルブラント様をお助けすることが出来ませんでした。それがわたくしの人生最大の後悔でございますわ」

 ルナは悲しげに微笑んだ。

「僕の祖国、ユブルームグレックス大公国も、軍事力は弱いので何も出来ずにいました」

 シャルルも悔しげな表情だった。

 ヴィルヘルミナとマレインは黙って話を聞いている。

「ヴィルヘルミナ様がシャルル様と血縁があり、ヘルブラント様の娘であることが判明し、更に革命を起こそうとしていることを知り、わたくしは是非協力したいと思いましたわ。それに、貴女が治めるドレンダレン王国なら、対等な関係になれるとも思っております」

 ルナはヴィルヘルミナの前まで来て、手を差し出した。

「ヴィルヘルミナ様、わたくしは貴女に協力いたします」

 ルナのアメジストの目は力強かった。

「ルナ様……本当に、ありがとうございます!」

 ヴィルヘルミナのタンザナイトの目が力強く輝く。

「ミーナ、良かったね」

 マレインはヴィルヘルミナに優しい笑みを向けた。

「はい!」

 ヴィルヘルミナは嬉しそうに頷いた。


 その後、ヴィルヘルミナとマレインはルナとシャルルの二人に革命に向けてどのくらい準備が出来ているか、不足しているものが何か、そして今後についてを相談した。更にヴィルヘルミナはルナから女王としての心得等を教えてもらえることになった。

 革命に向けて、更に時計の針は進んだのである。

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