ヴィルヘルミナの出自・前編

 ヴィルヘルミナが、自分が両親やラルス、マレイン達と血が繋がっていないと気付いたのは八歳の時。

 エフモント公爵現当主であるテイメンは黒褐色の硬い癖毛にクリソベリルのような緑の目。エフモント公爵夫人ペトロネラはダークブロンドのふわふわとした柔らかい癖毛にラピスラズリのような青い目。ラルスは黒褐色の硬い癖毛にラピスラズリのような青い目。マレインは黒褐色の柔らかい癖毛にクリソベリルのような緑の目。

 それに対してヴィルヘルミナは太陽の光に染まったようなブロンドの髪。おまけに髪質はサラサラとした直毛。目の色はタンザナイトのような紫。このことに疑問を持ったヴィルヘルミナ。隔世遺伝の可能性も考えた彼女はテイメンとペトロネラに頼み、父方、母方の両方で可能な限り遡れるだけの先祖の肖像画を見せてもらった。しかし、自身と同じ髪色や目の色の先祖は見つからなかった。

 ヴィルヘルミナはここで悟る。自分だけがエフモント公爵家の誰とも血の繋がりがないと。


「エフモント公爵閣下、公爵夫人、お聞きしたいことがございます」

 ヴィルヘルミナは両親に仰々しくそう切り出した。

「ヴィルヘルミナ、そんな他人行儀な呼び方になってどうしたんだい?」

「いつものようにお母様とは呼んでくれないのかしら?」

 テイメンとペトロネラは困惑しながらも微笑んでいる。

「ミーナ、いきなりどうしたんだ? 父上も母上も困っているぞ。一体何の遊びだ?」

「ミーナ、君は何を演じているんだい?」

 ラルスとマレインは面白そうに笑い、ヴィルヘルミナの近くへやって来る。

「単刀直入にお聞きいたします。わたくしの本当の両親はどなたなのですか?」

 ヴィルヘルミナのタンザナイトの目は真剣そのものだった。彼女の発言に、テイメンとペトロネラは目を大きく見開いて絶句する。

「ミーナ、本当にいきなりどうしたんだよ? 何の冗談だ?」

 フッと悪戯っぽく笑うラルス。

わたくしの髪の色や髪質、そして目の色を考慮すると、エフモント公爵夫妻、ラルス卿、マレイン卿とは全く血の繋がりがないことは明らかです」

 ラルスとマレインのことも他人行儀な呼び方になっている。ヴィルヘルミナは責め立てるようではなく、ただ真実を知りたいだけだった。

「おいおいミーナ、何だよ、ラルス卿って?」

 苦笑するラルス。対するマレインはヴィルヘルミナを見て少し考え込む。

「確かに……言われてみればミーナの髪と目の色は……妙だね」

 マレインはポツリとそう呟いた。ラルスも少し思うところがあったのか黙り込む。

 少しの間沈黙が流れる。

「だとしても、ミーナが俺達の家族であることは変わりないだろう」

 ラルスが真面目な顔でヴィルヘルミナに対して呟いた。

「そうね……」

 ペトロネラが少し泣きそうになりながら微笑む。そしてテイメンと頷き合い、口を開く。

「ヴィルヘルミナ、確かに貴女はわたくし達とは血が繋がっていないわ。貴女は……わたくし達の大切な……敬愛する方々の子なのよ」

 ヴィルヘルミナを愛おしそうに見つめるペトロネラ。

「そのお方はどなたなのです? 今どこにいるのですか?」

 ヴィルヘルミナは真っ直ぐな目でペトロネラに聞く。

「それは……」

 ペトロネラは口篭ってしまう。

「ペトロネラ、ヴィルヘルミナを守りたい君の気持ちも分かる。もちろん、私も同じ気持ちだ。だがヴィルヘルミナはとても聡明だ。自力でここまで辿り着いたんだ。中途半端に誤魔化さず本当のことを全てヴィルヘルミナに言おう。のことは、君の方が詳しいのだから」

 テイメンはペトロネラの肩を優しくポンと手を乗せる。

「テイメン様、ですが……そう……ですわね」

 ペトロネラは迷いながらも覚悟を決めたような表情になる。

「外では絶対に口にしてはいけないけれど、八年前、ベンティンク家がクーデターを起こした時のことよ」

 ペトロネラはゆっくりと話し始めた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 八年前。

 当時は伯爵家だったベンティンク家の手により突如当時の国王ヘルブラントが幽閉された。そしてナッサウ王家に連なる者達やベンティンク家に楯突く者達は片っ端からその場で殺されたり、牢獄に入れられたりし、王都全体が血に染まり、地獄絵図と化していた。


 そんな中、ペトロネラは人目を忍び危険を覚悟の上で王宮に向かっていた。王宮には何度も足を運んだことがあるので、他人に見つかりにくい経路も知っている。そしてペトロネラは王宮のとある部屋に入る。

「王妃殿下!」

 ペトロネラは当時の王妃エレオノーラの元へ駆け寄った。彼女はネンガルド王国の王女であり、昨年ドレンダレン王国に嫁いで来た。まだ十七歳の若き王妃である。

「ペトロネラ、危険なのにも関わらず来てくれてありがとう。本当は断ってくれても良かったのよ」

 ベッドに伏せており、弱々しい笑みを浮かべるエレオノーラ。彼女の隣には、生まれたばかりの新生児がいる。太陽の光に染まったようなブロンドのサラサラした髪に、タンザナイトの目の新生児だ。エレオノーラは産後の肥立ちが悪く、夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪の艶は消えており、ジェードのような緑の目も弱々しかった。

「王妃殿下からのお呼び出しであれば、このわたくしペトロネラ、どのような状況でも参りますわ」

 ペトロネラは凛とした表情である。

「ペトロネラ、本当にありがとう。捕まってしまった国王陛下……ヘルブラント様がわたくし達の為に時間稼ぎをしてくれているとはいえ、王宮ここにもクーデターによる軍が迫っているから手短に言うわ。ペトロネラ、貴女にこの子を託したいの」

 エレオノーラはゆっくりと起き上がり、自身の隣にいる新生児をペトロネラに預ける。

わたくしのことはもういいの。この状態で逃げたとしても、わたくしクーデター軍には簡単に捕まってしまう。だけど、どうか……どうかこの子には生きて欲しい。生きて、幸せになって欲しいの」

 エレオノーラのジェードの目からは涙が一筋零れる。王妃としてではなく、一人の母として子供の幸せを心から願っていた。

「ペトロネラ、貴女だけが頼りよ。どうか……どうかこの子のことを……よろしくお願いします」

 嗚咽を漏らすエレオノーラ。つられてペトロネラも涙を流す。

「王妃殿下の思い……しかと受け止めました。このわたくしペトロネラ、夫と共にこの子を必ず守り抜き、幸せにすることを誓いますわ」

 新生児をしっかりと抱きしめるペトロネラ。

「本当にありがとう、ペトロネラ」

 エレオノーラは涙を流しながら優しく微笑んだ。

「ですが王妃殿下、この子にはまだ名前がありません。どうか王妃殿下、名付けをお願いします」

「名前……そうね……この子は……」

 エレオノーラが少し考えた末、出て来た名前は……。

「ヴィルヘルミナ。この子はヴィルヘルミナよ」

 エレオノーラは新生児ーーヴィルヘルミナの頬をそっと撫でた。当のヴィルヘルミナは不思議そうにエレオノーラとペトロネラを交互に見つめている。

「ヴィルヘルミナ……良い名前でございますわ。大切にお育ていたします」

 再びヴィルヘルミナを抱き締める力を強めるペトロネラ。

 その時、荒々しい足音が近付いてくるのが聞こえた。

「ベンティンク伯爵家のクーデター軍が迫っているわ。ペトロネラ、ヴィルヘルミナを連れて隠し通路から逃げてちょうだい」

 エレオノーラは凛とした表情になる。まるで死ぬ覚悟が出来ていると言うかのように。

「承知いたしました。……王妃殿下、そして国王陛下に神の加護があらんことを、お祈り申し上げます」

 ペトロネラは真っ直ぐエレオノーラを見つめてそう言った。そしてヴィルヘルミナを大切そうに抱き締め、隠し通路から去るのであった。

「ヴィルヘルミナ……どうか幸せに……」

 ポツリと呟いた瞬間、部屋にクーデター軍が押し入り、エレオノーラは拘束されるのであった。


 その後、ヴィルヘルミナを連れて無事にエフモント公爵家に戻ることが出来たペトロネラ。夫のテイメンに事情を話し、ヴィルヘルミナを自分たちの子供として教会に届け出るのであった。


 そして国王ヘルブラントと王妃エレオノーラは、ベンティンク家によるおぞましい程の拷問を受けた末、断頭台ギロチンで処刑されるのであった。エレオノーラに至っては、産後の肥立が悪く拷問に耐え切れず命尽きたのだが、何と死体を引き摺り出され断頭台ギロチンにかけられたのである。

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