返り咲きのヴィルヘルミナ

ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・エフモント

過保護な義兄達

 ドレンダレン王国。農業が盛んで国民全員が飢えることがなく、穏やかで豊かな国だった。


 ……十四年前までは。


 当時、突如クーデターが起こり、ドレンダレン王国を治めていたナッサウ王家や王家に連なる者達が皆殺しにされた。ベンティンク伯爵家によって。

 当時の国王ヘルブラントは今まで通り農耕に力を入れ、国民全員が飢えることのないような政策を行っていた。しかし、ベンティンク伯爵家は工業や軍事に力を入れ、周辺国を無理矢理にでも支配して更なる権力を欲していた。よってナッサウ王家や王家に賛同する者達を邪魔に思っていたそうだ。密かに力をつけていたベンティンク伯爵家。国王ヘルブラントはまだ十八歳と若く、ベンティンク伯爵家のクーデターを抑えることが出来なかった。


 ナッサウ王家や王家に連なる者達の殺され方はえげつないものだった。牢獄でありとあらゆる拷問を受けた末、公開処刑されたのだ。拷問に耐えきれず亡くなった者も、死体を引きずり出されて断頭台ギロチンで頭と胴体を切断された。

 こうして、ベンティンク伯爵家は新たなドレンダレン王国の王家に成り変わり、恐怖政治が始まった。ベンティンク新王家に反対する者は片っ端から捕らえられた。そしてありとあらゆる拷問の末、見せしめとして断頭台ギロチンで公開処刑されるのであった。


 こうして、誰もがベンティンク新王家を刺激しないように息を潜めて生きるようになった。

 ベンティンク新王家は影で悪徳王家と呼ばれている。また、拷問等の非人道的行いにより、ドレンダレン王国は近隣諸国からはそっぽを向かれて孤立している。今やドレンダレン王国は地獄のような国と化していた。






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 ドレンダレン王国王都マドレスタム近くにあるエフモント公爵領にて。

 精巧な人形のように美しい少女が歩いていた。太陽の光に染まったようなサラサラとしたブロンドの髪に、タンザナイトのような紫の目である。

「あ! ヴィルヘルミナ様だ!」

「ヴィルヘルミナ様! 遊んで遊んでー!」

 子供達が少女の元へ駆け寄って来た。

「あら、今日も元気なのね。良いわよ。何して遊びましょう?」

 ヴィルヘルミナと呼ばれた少女は優しく品のある笑みを浮かべる。

 ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・エフモント。今年十四歳を迎える彼女はエフモント公爵家の長女である。

 ヴィルヘルミナはこうして時々領民の子供達の遊び相手になることがあった。子供達は楽しそうに笑っており、ヴィルヘルミナはタンザナイトの目を優しげに細め、子供達を見守っている。

(子供達が元気に遊んで笑顔になれる……。今はせめてこれだけは守りたいわね)

 誰もが息を潜め、地獄のように張り詰めた世の中。しかし、それでもほんの少しの幸せはあった。

 その時、ヴィルヘルミナにとって見知った者の姿が目に入った。黒褐色の柔らかな癖毛に、クリソベリルのような緑の目。女性なら誰もが思わず見惚れてしまうような容貌の少年だ。

「ミーナ、やっぱり外を出歩いていたんだね」

 少年は困ったように微笑みながらヴィルヘルミナを見る。

「マレインお義兄にい様……」

 少し気まずそうに目を逸らすヴィルヘルミナ。ミーナは彼女の愛称だ。

「マレイン様だ!」

「マレイン様も一緒に遊ぼう!」

 子供達はマレインと呼ばれた少年にも駆け寄って来た。マレインは子供達に優しい笑みを向ける。

 マレイン・アドリアヌス・ファン・エフモント。今年十五歳になり、社交界デビューを果たしたばかりの彼はエフモント公爵家の次男だ。

「ありがとう。お誘いは嬉しいけれど、僕はミーナと一緒に帰らないといけないんだ」

 すると「えー!」と子供達はがっかりした声になる。それに対してヴィルヘルミナとマレインは「ごめんね」と謝り、その場を後にするのであった。


「ミーナ、外に出たいのは分かるけれど、せめて護衛とかを付けよう。誰も都合が付かないなら僕がついて行くからさ」

 帰り道、困ったようにため息をつくマレイン。彼は「それに……」と周囲を見渡して声を潜める。

「この辺にも秘密警察がいるかもしれないし」

 ベンティンク悪徳王家になって以降、反乱分子がいないかの監視の為、秘密警察が各地に派遣されている。

「ごめんなさい。でも……エフモント公爵家の護衛や使用人は全員ラルスお義兄様の配下ですわ。ラルスお義兄様は絶対わたくしの外出を反対なさるもの」

 ヴィルヘルミナは困ったように微笑む。

「確かに、兄上ならそうだと思う」

 マレインは苦笑する。そしてヴィルヘルミナに優しい笑みを向ける。

「ミーナ、とりあえず兄上に見つからないうちに戻ろう」

「ええ、ラルスお義兄様にバレなければ」

「誰にバレなければだって?」

 その時、後ろから第三者の声が聞こえた。ヴィルヘルミナとマレインはギクリとする。二人が恐る恐る振り向く。そこには黒褐色の硬い癖毛にラピスラズリのような青い目の、凛々しい顔立ちの少年がいた。少年は口角を上げて笑ってはいるが、ラピスラズリの目は全く笑っていない。

 その少年の名は、ラルス・テイメン・ファン・エフモント。今年十七歳になる彼はエフモント公爵家の長男で次期当主だ。

「全く、ミーナはすぐエフモント城を抜け出す。お前にとって城の外には危険が数多くあるんだぞ。マレイン、お前もミーナに甘過ぎる」

 ガミガミとラルスからのお説教タイムになっている。

「ごめんなさい、ラルスお義兄様……」

 しゅんと肩を落とすヴィルヘルミナ。

「申し訳ございません、兄上。僕も、ミーナをきちんと守れるよう精進いたします」

 穏やかだが凛とした声のマレイン。

(お義兄様達がこんなにも過保護なのは……わたくしの出自が原因なのよね……)

 ヴィルヘルミナはマレインとラルスがひたすら自分を守ろうとしていることに、少し申し訳なさそうになった。


 エフモント公爵家には三人の子供がいる。一番上から、ラルス、マレイン、ヴィルヘルミナ。ラルスとマレインはエフモント公爵家の血を継いでいる。しかし、ヴィルヘルミナはのだ。

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