すずさんと司書の猫下さん

バンビ

第1話 猫下 環さんの趣味

F井県H市にある大型図書館は「本のコロセウム」をテーマとした造りとなっており、天井は高さ12m、半径42mの半円ホールとなっていて階段上になっている本棚は奥行きを感じさせる作りになっていて、モビルスーツに例えると、ビグザムのような風貌で佇んでいる異様なデカさである。F井サンドーム図書館は2022年に開館し、蔵書数は実に130万冊になり、中にはカフェもあり、深夜まで開いていることから、多くのビジネスマンや学生たちが利用している。ガラス張りの外観は開かれた図書館をイメージし、屋上庭園や緑化のための壁面ルーバー、太陽光発電などの環境に配慮した各設備も充実している県内屈指の大型図書館である。カフェはフードコートのようなものでなく独立した店舗で、セルフサービスのお店である。テーブル席がいくつもあり割と広い。自動コーヒーメーカーに、有料のドリンクバー、タコ焼きにたい焼き、ホットドッグやフライドポテトを扱うニチレイフーズの自動販売機が常備されていて、地下には40台クルマを停められる大型駐車場と喫煙室が併合されている。喫煙室も照明が明るく場末感はまるでない。照明自体が明るいし、清潔さを保たれているので、雰囲気も明るい。自動販売機が中についていて、女性一人が一服していてもまるで違和感はない。事実、この図書館の司書である猫下ねこしたたまき(推定年齢28)は館内唯一の女性喫煙者で、この地下の喫煙室をよく利用する。愛用タバコは、自身がリスペクトしているTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのチバユウスケさんが好んでいたラッキーストライクに、好きなお酒はチンザノロッソ。髪はショートヘアにダブル紫でフロント部分は原色の青紫、バックはカラーの濃い真紫の構成。首にはチョーカー、両耳に数種類のビアス、ブレスレットにバングルウォッチ、細い足首にキラリと光るアンクレット、網膜を刺すような藤色のバイオレット色のカラーコンタクトレンズ、スニーカーは髪の色に合わせたパープルカラーのニューバランス、短めの白のタンクトップにスキニージーンズを合わせて、薄手のロングカーディガンを羽織った姿は、当然ながらこの館内で働く司書だとは誰も気づかない。趣味は筋トレで近所の24時間フィットネスにこまめに通い、プロテインを大量に常備して、プロテインバーを常に持ち歩いていているプロテインヲタクでもある。幼い頃から本好きで、親から貰ったお小遣いやお年玉は全て本に消えた。活字中毒で常に何らかの文庫本を持ち歩き、現に喫煙室でも一服しながら本を読む。写真撮影が趣味で35mmフルサイズの有効約3040万画素CMOSセンサーを搭載したハイアマチュア向け一眼レフカメラを常に持ち歩いている。子猫や犬、雲の風景写真は自宅のパソコンに山ほど保管されていており、暇を見つけてはそれを眺めて悦に浸る。好きな番組は『モヤモヤさまぁ~ず2』に『アメトーーク』特に読書芸人の回は食い入るように見る。実家のF岡県にはめったに帰省しないが、興奮すると方言が出てしまうこともしばしば。大学進学時にここの県立大学を志望し合格。卒業した後にコピーライターの仕事をしていたが、多忙により半年で辞めてしまい、その後、F井県の市内の図書館に司書見習いとして勤め、そしてサンドーム図書館の司書となり今に至る。日本海に面したF県の冬の寒さと雪の多さに当初は辟易としたが、10年も住んでいると、今ではすっかり慣れたもので真冬でも半袖で近辺をランニングしたりする。 自宅は図書館から少し離れた1DKのマンションで一階はお好み焼き屋になっていて、環はこの店をよく利用する。店長オススメのミックスモダンが最高に美味いのだ。一階の飲食店は場所が悪いのか、店は何度も替わり、ラーメン屋から一人焼肉屋から居酒屋からスナックになり、現在のお好み焼き屋に至る。このお好み焼き屋だけは潰れてほしくないために、環はまめに利用しているのである。通勤で使用しているオフロードバイクはYAMAHAのセロー250 水冷4ストローク単気筒エンジンを搭載、車検が無いのでだいぶ改造し、休日の暇を見つけては、近郊の林道などにツーリングに出かけて、バイクを停めてバードウォッチングと読書に勤しむ。作家では三浦しをんさんの大ファンで、エッセイも小説も全て網羅しており、自宅の本棚も著者の本で埋め尽くされている。たまに駐車場に停めてある中古のオープンカーのDAIHATSUのコペンにも乗ったりするが、環の移動手段はほとんどがバイクである。二輪は自分で自分をコントロールしないとたちまちコケてしまう。四輪と違い、危険極まりない乗り物で、ハイリスクな自覚を常にドライバーに強いるバイクが、環にとっても生きている実感を味わえる最高の友人なのである。そして環のもう一つの趣味は、深夜の会社帰りに本を借りにやってくる鈴木すずき 浩一こういちさん(推定年齢42歳)である。初めて図書館で会ったとき、鈴木は娘さんに頼まれた本を探していて、それが予約でかなり先まで埋まっていた為に、環は買っていたその本を鈴木に貸してあげたのが始まりであった。鈴木は環が読んでいた文庫本、瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』の美しい装丁が気になりすぎて、内容を尋ねてきた為、何度か読了した本なので貸してあげたら、思いの外、良すぎた内容に、徹夜で一気読みしてしまい、よほど感動したのか両目が腫れあがっていた。鈴木は御礼にと環にF井県のブサイクゆるキャラ 「ぷくぷく河豚ちゃん」のキーホルダーをくれた。以来、鈴木は趣味の一つとなった読書の選書に困るときは、こうして図書館の地下の喫煙室か無人カフェで、環にオススメを伺うのである。環は年配の鈴木のことを「すずピッピ」と呼び、敬語も一切使わないどころか、気づいたらたまに方言まで用いて説教をしたりもしている玩具的な扱いであり、ある意味癒やし系でもあった。環と知り合うまでは年間10冊も読むことのなかった鈴木の生活は一変した。何しろ喫煙室に行くたびに環から「あの本は読んだのか?」と感想を催促される為に、時間を削っては読書に勤しむようになった。通勤電車の福武線では、とにかく読書「一日一殺!」環からの言葉で、本を一冊読了することはその本を殺すことだと教わった。ただし一度殺した本はしっかりインプットし、SNSなどでアウトプットすることとも教わった。本を成仏させ供養させるのだと熱く語られ、一度読み終えた本は忘れないようにすることとご教示を受けた。「そして、バトンは渡された」のレビューをSNSで流し、それから環に薦められた本をどんどんレビューしたら思いの外フォロワーが増えて、10人しかいなかったTwitterのフォロワーはいつのまにか5000人を超え「読書家のすずさん」と皆から呼ばれて面食らってしまった。環と知り合うまでは年に10冊読むか読まないかくらいだったのだ。会社の同僚から最寄り駅の「サンドーム東」のそばに綺麗な喫煙室があると噂を聞いて寄っただけにも関わらず、ネット界隈では年間1000冊は読んでいるのではというデマまで流れ、本の知識を得る為に鈴木は今日もサンドーム図書館の喫煙室に寄る。『こんばんは~』と恐る恐る引き戸を開けて地下の喫煙室に入るとそこはもぬけの殻であった。『あら?猫下さんはまだお仕事中なのかな?』鈴木はキョロキョロしながら愛用のショートホープの封を切ってタバコを嗅ぐと蜂蜜の良い香りがする。鈴木はこの独特の甘い香りが好きでショートホープを自身の喫煙パイプスタメンに起用している。実際吸ってみると思いの外蜂蜜はあまり主張せずとても濃く甘味があり、重厚な味わいのあるタバコである。一服しながら環から借りた新田次郎の「強力伝・孤島」を読む。五十貫もの巨石を背負いながら白馬山頂に挑む山男を描いた強烈な作品である。脳内に範馬勇次郎のような鋼の肉体美を持つ男を描きながらワクワクして一気読みをした。SNSに書く前に環に感想を言いたくて来たのだが、タイミング悪く未だ仕事中のようで出直すことに決めた。まあ読んだのが強力伝だけで、短編集の六篇全てを読んでから、明日また感想を言いに行こうと決めて、鈴木は中学生の娘の待つ自宅へと歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る