ミスターホームズは眠りたい 2

ム月 北斗

scarlet 8

 私たちは事件現場のマンションをあとにした。

 再びレストレードの運転する車に乗りこむ。さっきまでキラキラオーラのワトスンくんは、ショックが強すぎたのかすっかりどんよりモードであった。私はレストレードに、今度は速度を出さないようにと釘を刺し、私はあの台本のようなものを熟読することにした。

 一頁一頁にしっかりと目をとおす。やはりそれは、あのコナン・ドイルの描いた推理小説『シャーロック・ホームズ』であり、その一作である緋色の研究をモチーフとされるものだった。このような作品を、シャーロック・ホームズを愛する者たちの間では儀典と呼ばれている。シャーロック・ホームズを聖書と呼び、これらを儀典と呼ぶ。よい意味で滑稽であろう。

 話は戻り、今回の儀典を読み明かそうか。とは言え、かいつまむがね。その方がよいだろう。

 まず第一に、目撃されないこと。原作でも犯人は、この時点では『犯人としては目撃されていない』。

 第二に、手がかりを残すこと。原作では、犯人の遺留物のほかに、壁に書かれた文字があるが、これはおそらくあの手形や靴跡のことだろう。

 第三、外傷を与えないこと。

 ここだ、ここがおかしい。なぜなら原作では、被害者は首を絞めて殺されてはいないのだ。なのに、大野は絞殺されている。

 それでいておいて『絶対に暴かれない』という自信。

 私はこれらのことに対する疑問が募るばかりだった。レストレードの向かう警察署に到着するまでの数十分を、長々と自問自答を繰り返す他なかったことは、私がただの一般人であるということを確かめさせるものでもあった。

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