断罪の探偵 4 マーメイド号の銃声

柊 睡蓮

第1話

【登場人物】

日野 響(ひの ひびき)

主人公で探偵。友人の代わりとして、都市伝説の調査をしに行く。


青井 蒼介(あおい そうすけ)

大抵のことはやってのける便利屋。今回は船のメンテナンス係として呼ばれる。


黒子 拓次(くろこ たくじ)

レストランのオーナー。


溝辺 緑(みぞべ みどり)

黒子の養子。


黄島 進次郎(きじま しんじろう)

小説家。


鈴 赤音(すず あかね)

介護士。


チャ・イソク

アイドル。


加賀 ましろ(かが ましろ)

スイミングスクールのコーチ。


金村 銀史郎(かねむら ぎんしろう)

今回のパーティーの主催者である謎の富豪。


【本文】


こんな話がある。言ってしまえば、ただの都市伝説だ。後に都市伝説ですらなくなるが。


太平洋上をかつて運行していた船があった。その船には何百という乗客がいた。とある富豪の誘いで、船上でパーティをしていたそうだ。


しかし、突如として楽しいパーティは終わりを告げた。怪異が現れたことによって、船上には悲鳴ばかりが響き渡った。


その船が帰路に着いていた時のことだ。まだ夜が明けたばかりの時間帯、早起きな乗客数名と、船員だけが起きていた。それに、起きていたとしても意識は曖昧であった。だから、異変があったとしても気が付かなかった。


ある船員が異変を感じ取った。騒音が聞こえた。最初はエンジン音だろうと思っていた。しかし、それは違ったのだ。再び騒音が聞こえてきた。エンジンの音とはまるで違う。一発、大きな音がした。


恐怖を感じた。その後も、また何度も何度もその音は聞こえてくる。幻聴を疑った。そうやって、恐ろしい現実から逃げようと考えたのだろう。


しかし、間違いない。現実にその音は響き渡っていた。これは幻聴なんかじゃない。本当に鳴っている音なのだ。


よく聞いて、その音の正体を確かめようとした。どこから聞こえてきて、何の音が聞こえてきたのか。


聞き取れたその音は、他の何でもない。銃声だ。一発、また一発と聞こえてくる。しかも、船の中から聞こえてくるものではない。船の外から聞こえてくる。


どうして船の外から聞こえてくるのか。誰か、銃を撃つその正体は誰なのか。外を見ながら、その真実を確かめようとした。


そして、その目に焼き付けたものは、それこそ現実のものとは思えないものだった。


その手には銃が握られていた。その装いはまるで兵士のようであった。それだけでも現実だとは思えない。しかし、さらに現実離れしたそれは、ゆっくりと迫ってくる。


兵士のような装いでありながら、胸の膨らみはしっかりと見えた。まるで女性だと思った。よく見ると、その顔は美しいものだった。思わず見とれたその時、それは迫ってくる。


腕は僅かな光沢で輝いて見えた。綺麗に見えていたが、次第にそのようにも思えなくなっていった。人ですらないのだ。人の腕でありながら、どうして輝いているのか。その疑問は、すぐそこまで恐怖が迫ってきたときに解決した。


見とれていたせいで油断していたのだろう。はっきりと見えるようになったその時、それはもう船上に登っていた。姿を現したそれは、ただの怪物であった。


海上にいたのだから、当然ではあった。人間なわけがない。怪物であるほうが、よっぽどしっくりくることではあった。


だから、腕が鱗で覆われていようが、足が魚のようになっていようが、おかしくない…なんて、そんなわけがない。


しかし、目の前の怪物は明らかな現実のものだった。このような存在はフィクションの物だと思うだろう。それが現実として現れたのだから、理解なんて追いつくはずがない。


そんな人間を前に、怪物の声は響き出す


怪物「はぁ、きた、きた、きたきたきたきたキタキタキタキタァッ!」


目の前の怪物を、美しいと思うことは出来なくなった。銃を持っていたそれは、すっかり狂気に満ちた目をしていた。そう思ったその時だった。


すぐそこから、あまりにも大きな音がした。そう思ったころには、足元に血溜まりが出来ていた。


それを見た怪物は、また発狂しだす。その手に掲げた銃を何発も撃ち、それで目の前のものが破壊されていく様を見て、さらに発狂する。


一通り目の前のものを撃ち抜いて、怪物は満足した。しかし、ほんの数秒の間に落ち着きを失う。


そうすると、また他のものを破壊しだす。このようにして、怪物は快楽を得ているのだ。さらなる快楽を得るために、破壊をする。地獄と呼ぶにふさわしい、そんなものが形を持って襲いかかってくる。


怪物の習性を理解した船員は、そのことを伝えようとした。しかし、できなかった。理解したそのときには、もう意識は途切れるその瞬間だった。


その異変に気がつき、次々と乗っていた人たちは集まってきた。そして、目の前に突然現れた惨劇に、そして謎の怪物に、それぞれが恐怖を感じた。


その人たちを次から次へと、怪物は撃ち抜いていった。船は、怪物によって支配されてしまった。楽しさは僅か一夜のうちになくなり、ただ、その場には恐怖ばかりが溢れかえっていた。


一方、船の操縦士であった男は、異変に気がついたその時から舵を取り、急いで港へと帰っていった。確かに聞こえていた銃声が、船を操縦するその腕の力を奪っていった。


力を振り絞って、船は港に着いた。しかし、そのころには、怪物はいなくなっていた。あったものは、破壊の限りを尽くされた、その成れの果てであった。


やがて、この話を、ほんの数人の生き残りは各地へ広めていった。その過程で、また奇妙な話を聞いた人がいた。


時代は、第二次世界大戦のころに遡る。そのころ、とある日本の海軍の戦艦にいた兵士に異変が起こった。


突然、どこか虚空を見つめてこんなことを言い出すのだ。聞こえる。海の導きが。誰も理解してくれずにいた。戦死を恐れ、気が狂ったのだろうと誰もが思っていた。しかし、それは違うのだ。


このようなことを言い続けたある日、彼は突如行方をくらました。彼の持ち物は全てなくなっていた。神隠しか、はたまた自ら海に身を投げたのか。その真相は、満月の夜に明らかになった。


戦艦にいた誰もが、銃声を聞いた。戦艦内を徹底的に調べた。しかし、戦艦にはまるで銃弾の跡はなかったし、撃たれた形跡もなかった。なぜなのか、そう思ったとき、外から何か迫ってくる。


敵国の兵器だと、最初はそう思われた。実際には、美しい顔と鱗に覆われた胴体などという、人間にも魚にも相応しくない姿の生物であった。


その生物はたちまち迫ってきた。そして、銃を撃ち出した。まるで、何発撃っても銃弾はなくならない。戦艦は、もう、使いものにもならなくなっていた。


そして、最後に怪物は語りはじめる。話してるを聞いたのは、行方不明の者の、最も親しい友人であった。


怪物「アッハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!最高!最高!最高!」


兵士「な、何だ、お前は一体」


怪物「そんなに気になるのか?だったら教えてやろう。お前たちの仲間だった、その男だ!」


兵士「なっ!」


怪物「なァに、恐れることなどない。ただ、その命が途切れるだけだ」


兵士「どういう、ことだ。なぜ、そのような、姿に」


怪物「理由は分からない。しかし、このような異形と化して、なぜだか気分がすこぶる明るくなったよ」


兵士「……なぜ、だ……」


怪物「何故?そんなもの、死を恐れず、ただ弱者たる人の朽ちる様をいくらでも見れる。これほどの喜び、いつぶりだろうか。戦地で死ぬぐらいなら、このようにして長き命を謳歌したいものだ!」


兵士「…………ぁ」


怪物「じゃあな、雑魚が」


そうして、かつての仲間に向かい、また一発、銃を撃った。


いつしか、これらの話に出てくる怪物は、このような名で呼ばれるようになった。


「軍服の人魚姫」と。

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