オタクに優しいギャル After days
谷沢 力
第1話
先日、同窓会に参加した。
と、言っても高校時代の同級生30人程度が地方の繁華街ならどこにでもあるようなチェーン店の一室を借りて2時間ほど飲み明かすだけの簡素で粗末なものである。
二次会があったかどうかは知らない。
これまでにも年一回くらいのペースで開催していたそうで、僕以外のメンバーはみんな常連メンバーばかりだったらしい。
僕はこれまで、同窓会というものを嫌悪してきた。なぜならば惨めな思いをするからである。高校時代極めて非活動的だった僕は教室の隅で燻っているばかりであり、その性格は大学に入り、就職してからも変わらなかったのだ。
毎年招待状が来ていたが「どうせ行ったところで、一人でちびちびと安酒を飲むだけさ」などと嘯きながら律儀にも「不参加」欄に丸をつけては送り返していた。
しかし、今年は、何を勘違いしたのかとち狂ったのか、「参加」のらんに丸をつけていたのである。今思い返しても、なぜそのような愚行を犯したのかはわからない。
案の定、僕は寒々しくさえ感じられる大広間の隅っこに座って安酒を飲んでいた。
どうやら僕の参加費はあそこにいる彼らの食事代となって消える運命にあるらしい。
「セ・ラ・ヴィ」とフランス語で一人ごちてみようかとも思ったが、恥ずかしかったのでやめた。
「アー、オタク君だー。」
さて、そろそろトイレへと戦略的撤退を始めるべき頃合いか。と思い腰を浮かそうとした矢先、上方より声が降ってきた。端的に言って僕に対して発せられた言葉だった。
見上げると、普通の女が立っていた。
本当に特筆すべきところのない女である。
中肉中背、黒髪、ボブ、口元にほくろ、ワンピースぽい服装(僕は女性の服装に明るくない)どこをとっても凡庸としか形容できず、人ごみに入れば10秒で忘れてしまいそうな、そんな外見だった。
しかし、僕にはその人物が誰だか1発でわかった。本当は分かりたくなどなかったが、わからざるをえなかった。
なぜなら僕を「オタク君」と呼ぶのは古今東西、天地開闢以降彼女しかいないのだから。
彼女は出席番号順で並んだ時に僕の前にいる。言ってしまえばそれだけの関係性の人であった。恋人でも、ましてや友達ですらなかった。
ただ、彼女は僕を「オタク君」とよび、気さくに話しかけてくれた。
僕を蔑まなかった。
その点において、彼女は僕の中でそれなりに、あくまでそれなりに特別な人間だった。
彼女はいつもクラスのチューシンにいて、ルーズソックスを履いていた。
ので、僕は彼女を心の中でこっそりと「ギャル氏」と呼んでいた。
その彼女が今、目の前に立っている。凡庸でしかない出立ちで。
その姿はどこか滑稽で、しかし、ちょっとばかりの哀愁が隠し味にあった。
ギャル氏は十分ほど話し、そして大広間の中央に戻って行った。
得られた情報は少ない。彼女が大学で作ったものは所謂彼氏と赤ん坊と数ページの卒業論文だけ出会ったこと、今は地元の役所で毎日誰かの住民登録の手伝いをしているということくらいである。
ギャルも、生きているのだなとぼんやりと思った。
その後、ギャル氏とは会っていない。彼女は今もどこかで誰かの住民登録をしているのだと思う。
あの夜の後、僕は築30年の我が家へ凱旋し、キリン生をひと缶開け、シャワーを浴びて寝た。
シャワーを浴びているとき、少しだけギャル氏のこと思い出して、少しだけ泣いた。
オタクに優しいギャル After days 谷沢 力 @chikra001
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