第39話 「鉄は熱いうちに打て」

「最初に比べれば良くなってる、けど、やり直しだ」



 土曜日の朝十時。

 俺は、突き返されたイラストを受け取り、思い足取りで『東洋ゲーマーズ』をあとにする。

 これで、十回目のやり直し。



「……覚悟してたけど、こんなに厳しいのか」



 今回は、結構自信があったのだが……プロから見たら足りないらしい。

 ほぼ、毎日徹夜の状態で、なんとかアイディアをひねり出す。

 こんなにやっても得られる結果は、やり直しを突きつけられる現実だ。



「ひねり出すってのがダメなのか……?無理やり感があって、荒削りになってるのかも」



 ブツブツと独り言を喋りながら、俺は家を目指す。



 ◇



 部屋に戻り、事前に購入しておいたホットアイマスクをつけベットに横になる。

 じんわりと目元が温められ、その心地良さにゆっくりと意識を手放した。


 目を覚ますと午後一時を回っていた。

 平日は学校で、夜は最終試験のためにキャライラストを描く。

 そんな生活を続けていたら、いつの間にか昼夜逆転していた。


 授業も自習になっているのが、唯一の救いだ。

 軽く伸びをして――



「さて、続きやるか」



 デスクにむかい、パソコンを起動する。

 コルクボードに貼り付けてある、お題を改めて確認する。


『村を敵に襲われ、敵討ちを心に決めた主人公』


 たしか、東洋ゲーマーズの看板ゲーム『フラワーファンタジー』の設定だった気がする……。

 お題と自分の描いたキャラを照らし合わせる。



「俺のは……なんかクールっぽさを出すための描き方をしてるな……ゲームのキャライラストにイメージが引っ張られてるのかな」



 テーマを確認したとき、自然にクールな雰囲気を与えるキャラが頭に浮かんだ。


『静かに自分を高め、虎視眈々と隙を狙う主人公』


 なんとなくだが、これが俺のイメージだ。

 これをキャライラストに落とし込むことが、出来ていないっぽい。



「クールな雰囲気は良いと思うんだが……それが売りじゃないからな……足りないのは……」



 ◇



「昨日と比べて、軸がブレたんじゃないかい?」


 翌日提出に行くと、昨日よりも評価が悪かった。


「でも、着眼点は悪くないよ。少しずつ上達してるね」

「ありがとうございます……」


 部屋で静かに指摘された部分を見直す。

 昨日のイラストに『力強さ』の要素を入れてみたが……。

 そのせいで、ブレてしまったのか。


「そもそも、クールさと力強さって共存しないか……??」


 着眼点は悪くない……か。

 この二つを軸に上手く描ければ、プロの目も納得させられるということなのか?

 新しい希望と不安が湧き出てきたが、ペンを動かさないことには、なにも始まらないしな。



 ――十二月の中頃



 今日が最終試験の最終日だ。

 結局、あれから毎日のように通い続け、やり直しをもらっていた。

 何度も心が折れかけたが……必死に食らいついた。それも、今日で最後だ。


 エントランスで待つのかと思っていたら、応接室まで案内された。

 中には、すでに八神さんが待っていた。

 八神さんの横に、案内してくれた人事担当の方も腰を下ろす。


「お疲れ様、座って?」

「失礼します……」

「結果だけ先に伝えとこうか、東雲くんも気が気じゃないでしょ?」

「それは……もちろんです」


 この一ヶ月、常に気を張りっぱなしで、大変なんてものじゃない。

八神さんは、コホンと咳ばらいをし――


「君には、四月からこの会社で働いてもらう」

「つまり……」

「採用だ!よく頑張ったね」


 気が抜けるのを、ここまでハッキリ感じたことはない。


「大変だった?」

「はい……心折れかけてました」

「私らでも、辛いことを君はやってたわけだしね」

「そ、そうだったんですか……?」


 俺が、衝撃を受けていると――


「未経験の子に、あなた達と同じことをやらせてるんだから、大変に決まってるでしょ?」

「厳しい業界だし、これくらいはやるだろ?」

あいのストイックさに新人の子を巻き込まないの」

「私の部下は、みんな洗礼を受けてるんだけどな……」


 珍しく八神さんが口ごもっている。

 人事担当の女性は、八神さんを下の名前で呼んでいて、親しげなので仲がいいのだろう。


狼谷かみやさん達も俺と同じ試験だったんですか?」

「そうだよ、みんな東雲くんと同じ試験をやって、今も私の元で働いてくれている」


 先程の『洗礼』の言葉通り、俺を見極めるための試験でもあったのか。


「そういえば、君のキャライラストは、途中で合格ラインに達していたよ」

「…………はっ!?」


 サラッと爆弾発言をする八神さん。その横では、額に手を当てため息をついてる人事部の女性。

 俺のいままでの苦悩は……?


「君の成長幅がすごくてね。やり直しの度にどんどんレベルが上がってるから、最終日まで粘った。その結果、今日のイラストは今までで一番良かったよ」

「ちなみに……他の人たちはどうだったんですか?」

「ん?他の候補者は、別の部署だから関係ないよ、もともと君しかいない」


 言葉が出なかった……俺を焚き付けるために放った言葉だったらしい。

 よく思い出せば、俺と同じ部署とは言ってなかったもんな。


「とりあえず、試験はこれでおしまい!学校には、連絡しておくから、君は休みつつ四月まで感性を磨いておくんだよ?」

「はい!ありがとうございます!」


 二人に見送られ、会社をあとにする。


 その日から数日間、俺は泥のように眠った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 第三十九話 「鉄は熱いうちに打て」


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