第23話
特に何の目的もなく学校の図書館に来たのはいいがなんとなく気まずい。
俺が勝手にそう思っているだけかもしれないが鈴原の表情がこの前と同じように曇っているような気がする。
「鈴原さん…」
名前を呼ぶと本から目線を外し俺の言葉を待つ。
名前を呼んだのはいいが特に何を話そうと思ったわけでもなくただこの沈黙の空気を破りたかっただけだ。
いつもだったら多少の沈黙の空気がこの図書館の部屋を包んでもそんなに気にならないのだがなんで今日に限ってはこんなに気になるんだ。
「あの…」
苦し紛れに口から出たのはさっきと同じ言葉だった。
「その…なんて言うか最近学校生活は楽しいですか?」
「…」
って何聞いてるんだ俺は家族でもない人間にこんなことを聞かれても反応に困るだけだろう!
「楽しいかどうかと聞かれるとすごい楽しいとは言えないですね」
「クラスの中で一緒に遊ぶような友達もいませんし」
「唯一の楽しみがあるとすればいつも通りこうして図書館で本を読むことぐらいです」
「後は篠崎さんと…」
「後は?」
最後の部分が聞き取れず待っているとやっぱり何でもありませんと言われてしまう。
鈴原に今噂になっている図書館の幽霊の話を聞こうかと思ったがそういう噂話は本人の耳に入らないと聞いたことがあるのでやめておく。
「鈴原さん最近はどんな本を読んでるんですか?」
もし鈴原が何か悩みを抱えているんだとしても本人が自分から行ってくるまで待とうと心に決めいつも通りの会話をすることにした。
「最近読んでるのは鏡の世界を舞台にしたファンタジー小説ですね」
「死後の世界を題材にした小説はいくつか読んだことありますけど鏡の世界の小説ってどんな感じなんですか?」
何気ない疑問を含んだ口調で尋ねる。
「ギリシャ神話に出てくる神様のナルシスって知ってますか?」
「えーと確か水の中に映った自分の顔に見とれたせいで水の中に落っこちて溺れて死んじゃったって言う神様ですよね」
随分と大雑把な話し方だがだいたいの話の流れはこんな感じだったはずだ。
「そのナルシスって言う神様が作った鏡の世界が舞台なんですけど」
「この本のキャッチコピーが人間は表と裏が逆になるようになっているって帯の部分に書いてあって」
「その鏡の世界って言うのが随分と変わった世界で」
「作品の主人公の心情描写が綺麗に描かれてて面白いんですよ」
その本のタイトルを聞いてこの図書館に置いてあるようなら借りようかと思ったが、ふと時計を見てみるともうクラスの方に向かわなければいけない時間になっていた。
「やばいもう時間だまた今度その本のタイトル教えてください!」
昨日と同じように少し早めに自分のクラスに辿り着き席に座り考え事をする。
誰が何のために図書館の幽霊の噂なんて流したんだと昨日の夜は考えたがよくよく考えてみれば誰かが遊び半分で流したという可能性もある。
昨日までこんな噂を流しているのには何か理由があるのだと勝手に思い込んでいたが遊び半分で流されているという方がリアリティがある。
考えていると先生が教室の中に入ってくる。
「朝のホームルームを始めるぞ」
眠気さを含んだ口調で言う。
それからいつも通りクラスの生徒たちの名前が順番に呼ばれていく。
「返事をしろ!」
噂をどうして広めたのかという理由を考えているうちにのめり込んでしまい名前を呼ばれたことに気づかず、思いっきり肩パンをされる。
その光景を見ていたクラスの生徒たちはクスクスと笑い声をあげながらあの先生体罰じゃない、教育委員会に言われたら一発アウトだろうという声が上がっていた。
先生にその言葉が聞こえているのかいないのかわからないが、そう言っている生徒たちには一切注意をせず元の場所に戻る。
「今日は珍しいな授業中に考え事をしてるなんて」
進藤が朝のホームルームが終わったところで声をかけてくる。
「ちょっと気になることがあって」
「気になることって何だ?」
聞かれ一瞬答えていいものか迷ったがここは素直に今俺が図書館の幽霊について調べていると伝える。
「図書館の幽霊って確か前の席に座ってる女子たちが話してた噂話だよな?」
「昨日その噂話について色々と隣のクラスに行って聞いてみたりしたんですけど、だいぶ情報の食い違いがあるみたいで」
「まあ噂話なんて誰か他のやつが面白がって情報を誇張して喋ってたりもするからどうしようもないよな」
「ところで気になってたんだけど」
「なんでそもそも篠崎この噂話のことについてそんなに知りたいんだ?」
「俺の知り合いがこの噂のベースになってると思うんです」
「ここからは俺の勝手な考えですけどおそらく知り合いは今の噂を流されていることをよく思ってない」
本人の口から実際に聞いたわけじゃないのでどう思っているかは分からないが。
だが今日の朝図書館で一緒にしゃべっている時に一瞬見せたあの曇った表情がこの噂に関係しているんだとしたらよくは思っていないだろう。
本当だったらこういうことは本人の口から確かめるのが一番早いがはっきり言って俺はそういうことが得意な方ではないのでもう少し情報が集まってから実際に尋ねるかは考える。
「よし分かった俺もそれに協力する」
「でも悪ですよ誰がこの噂を広めたのかまだ何一つわかってないですし」
「それに俺が勝手にこの噂は誰かが意図的に流したものなんじゃないかって思ってるだけかもしれない」
「わざわざ協力してもらうほどのことでも…」
「俺が勝手に協力したいと思ってるけだから気にするな」
「それに1人でやってたら無謀に思えることでも2人でやってたらどうしたらいいのか見えてくるかもしれないぞ」
「ありがとうございます」
俺はそう言って頭を下げる。
「それで俺は何をすればいい」
「情報を集めるんだったらやっぱり二手に分かれて別々のやつに声をかけてくっていう方が効率がいいか」
「そうですね隣のクラスの人たちには前にもう情報を聞いてるんで行かなくていいと思います」
「分かったじゃあ俺は3つ目の隣のクラスに行って色々と聞いてくる」
「それじゃあ俺はその他のクラスを聞いて回ります」
「分かった授業が始まる少し前に戻ってきて情報交換をするって感じでいいか?」
分かりましたと俺は短く言葉を返し早速クラスの方に向かう。
失礼しますと言ってクラスの中に入り今噂になっていることについて尋ねてみると1人の女子生徒がとあることを教えてくれた。
「その噂自体に直接関係あるかどうかはわかんないんですけど」
「この前廊下を歩いてる時に女子生徒3人組が噂を流し終わったこれでうまくいくって話してたんですよね」
「噂っていうのがどの噂をさした言葉だったのかまではわかんないんですけど」
女子生徒3人と聞くと俺が進藤と話すことに腹を立てていた女子生徒1人とその取り巻きしか思い浮かべられないが。
そういえばあの女子生徒最近呼び出して怒りをぶつけて来なくなったな?
自分で言うのもあれだが進藤との距離は前よりむしろ近くなっているはずなのに。
金井が進藤に対しての恋心が全く変わっていないのであればグラウンドの影に呼び出され叩かれるどころじゃないと思うのだが。
それともなんだかしらの理由で恋心が冷めてしまったのか?
違う違う今はそんなことを考えてる場合じゃない情報集めの方に集中しないと。
「ありがとうございます教えてくれて」
「これぐらいなら全然この学校の生徒ならみんな知ってることだし」
時間になっていることに気づきもう一度ありがとうございますと言ってクラスの方に戻る。
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