中編

 ――それからしばらくして、フェレット獣人が目を覚ました。

 この世界には動物病院というものがないのを初めて知ったルクティアは、自らできる限りの手当てを施した。おかげで出会った時より随分血色が良くなり、無事に目覚めてくれたというわけだ。


「……ここは?」


「おはよう、フェレットくん。ここは私の屋敷よ。

 ごめんなさいね。どうしてもあなたが弱っているように見えたから、勝手に連れて来ちゃった」


 ベッドから身を起こした彼は、つぶらな瞳で周囲をぐるりと見回し、鼻をヒクヒクさせる。


(か、可愛いっ……! なんて可愛いの!!)


 その仕草のあまりの破壊力に悶絶しそうになるが、公爵令嬢として身につけた技術を駆使して必死で抑える。

 しかしそれでも顔はにやけていたかも知れない。


 やっとルクティアの姿を見つけたらしいフェレット少年は、「シューッ」と警戒の声を上げる。

 まあ、突然目覚めたら枕元に見知らぬ人がいた……なんて状況になれば警戒するのは当然だろう。でも彼はすぐに事情を察したようで、恐る恐るながらも訊いてきた。


「もしかして……貴女が僕を助けてくれたんですか?」


「そうなるわ。あ、でも、あなたを助けたのは私の勝手だから、そこまで感謝とか恩に着るとか思わなくて大丈夫よ」


「ありがとうございますっ! 僕はヴィーゼといいます」


「私はルクティア。ルクティア・ナウディットよ」


 そう言いながらもルクティアは彼……ヴィーゼを撫でくり回したい衝動と戦っていた。

 喋るフェレット、可愛い。可愛過ぎる。今すぐうちの子にしたい。たっぷり遊んであげたい。


 でも、その前に。


「どうしてあんなところで倒れていたの? もしかして何かの事故?」


 もしもヴィーゼに飼い主、もとい保護者や家族がいればルクティアの屋敷で一緒に暮らすことはできない。本来の家族の元へ返さなくてはならないからだ。

 しかし……。


「別に、大したことじゃないです。こんなの、いつものことだし」


「いつものことって、あんな大怪我をするのが?」


「……僕は、要らない子なので」


 へにょりと肩を落とし、力無く言うヴィーゼ。

 ルクティアは彼のそれだけの行動を見て事情を察した。……彼は少なくとも良い環境にはいない。最悪、動物虐待ならぬ獣人虐待をされている可能性がある、と。


「その怪我が治るまでは、私の屋敷で過ごしてもらいます。ヴィーゼくん、ご家族の名前を教えて?」


「で、でも」


「大丈夫。責任を持って完治するまで面倒を見るわ。あなたが良ければ、それ以上一緒にいたって構わないのよ?」


 ヴィーゼは口ごもり、躊躇いながらも、最後には頷いてくれた。

 そして判明した彼の身元は。


「フェルネット伯爵家ですって……!?」


 帝国有数の名門伯爵家であるフェルネット伯爵家の令息、ヴィーゼルド・フェルネットだったのだ。


 これにはさすがにルクティアも驚いた。まさか伯爵令息が護衛の一人もつけずにあんな道端で倒れているなんて。


「先祖の誰かが持っていたフェレット獣人の血が色濃く出たのね。獣人として生まれてしまったせいで要らぬ子と言われて虐待されてしまったと……」


 帝国では獣人は極端に嫌われているのだとヴィーゼは話した。

 そのため多くの獣人たちは誰にも知られぬようひっそりと暮らしているが、ヴィーゼは特別に貴族家に生まれたせいで冷遇されていたという。使用人や護衛は誰一人として面倒を見てくれず、食事は腐った肉ばかりという有様らしい。


 今まで彼が生きてこられたのが奇跡と呼べるほど、ひどい環境だった。


 そんな話を聞いてしまったら、もふもふ愛好家として見過ごすことなんてできるはずがない。

 気づけばルクティアはヴィーゼの手を取り、宣言していた。


「決めたわ。ヴィーゼくんは私が匿う」


「えっ」


「こんなに可愛くて尊いあなたを見捨てられないでしょ。保護しない保護者のところに返してやる義理はないのだし」


「本当にいいんですか……?」


 不安そうな黒い瞳がルクティアをじっと見上げてくる。

 可愛い。もはやその一言しか浮かばなくなってしまったルクティアは、こくこくと頷いた。


 ほとんど勢いで言ってしまったことなので、不安がないわけではないけれど、この不憫で可愛いフェレット獣人を放っておくのに比べたらこの先どんなことになろうとも構わないと思えた。

 これが前世の世界だったら誘拐だの何だの言われるかも知れないが今のルクティアは公爵家の娘。いざとなったら何とでもなるだろう。


 今はとにかく、このもふもふを愛でたい。


「ねえヴィーゼくん。その毛、ちょっと触らせてもらってもいいかしら?」


「いいですけど」


「それじゃあ、遠慮なく!」


 フェレットの柔らかい毛に両手を埋める。

 そしてそのまま、ふわふわの毛を念入りに念入りに撫でていき、ルクティアは前世ぶりのもふもふを堪能したのであった。

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