第19話(19)神殿は回る
あまり眠れずに明けた朝。まだ日が昇らぬうちにわたくしは神殿へ赴いた。
神殿では神女長がわたくしが送った食料と予算をうまく管理して、通常に戻っているように見受けられた。
出迎えた神女長にいくつか報告を受け、足りないものは後で王宮に書面で送るよう言いつける。
朝の静寂が破られないうちに儀式場へ行き、マナを注ぐ。
まずはテミル女神の宝玉に。
テミル女神の宝形は透明な円形だ。
宝玉はわたくしのマナと反応し七色に輝く。輝きに包まれて、わたくしはうっとりとする。
注いでいるはずなのに、なぜか力が満ちてくる。
ふわりと乳香の香りと温もりに包まれ、デニアウムの気配を感じる。
ああ、デニアウムはテミル女神の御許に居るのね。
ほんの少しの時間、宝玉はわたくしのマナを吸い、輝きをおさめた。
次はシェンリン神の金色の宝玉。八角形の宝玉にマナを注ぐと眩い金色に包まれるが、一瞬でおさまる。
もっとマナを必要とすると思っていたのに、意外だ。
自分の随意にできるのならば、一気呵成に注いで早く娘達を返してしまいたいのに。
再びテミル女神の位置へ戻り、祈りを捧げる。
儀式場を出ると神女長が待っていた。
「シャイロ様?」
少し笑いを含んで呼びかける。
「エイベル様が追い付いていらっしゃいましたよ。またお一人で飛び出したとお怒りです」
この神女長はわたくしが小さい頃を知っているので、よく同じことをしてエイベルに叱られたり窘められたことを思い出したのだろう。
案の定「お尻を叩かれても知りませんよ?」と笑う。
わたくしも笑う。
よかった。笑えるほど状態は回復しているのね。
共にホールに出ると、諦め顔のエイベルがいた。大きなバスケットを持っている。
「シャイロ様、エイベルを置いていくとこのお菓子をさしあげませんよ」
チロリと睨まれる。
それは困るわ。昨夜、孤児院のために用意したのに。
「ごめんなさい。急いで済ませたかったの」
この3日の騒動を傍で見てきたエイベルは、やれやれと言った顔をした。わたくしに大いに同情してくれているのだろう。
「せめて朝食をとってからお出になると思っていましたのに。ここ数日、ほとんど召し上がっていらっしゃらないのですよ」
後半は神女長に向けて言う。
神女長は「あらあら」とわたくしを見る。
「久しぶりに神殿で召し上がりますか?孤児院になさいますか?」
「孤児院で一緒にいただきたいわ」
神女長は微笑んで
「子供達が喜びますわ。なんて久しぶりなのでしょう」
数か月ぶりだもの。神殿がわたくし達を締め出してから。
神女長は「ふふふ」と笑って「シャイロ様がいらっしゃると神殿が輝きます」と嬉しそうだ。
「実は召喚の儀式の少し前から、とても不穏だっだのですよ」
神女長の顔に影がさす。
「神殿長も一部の神官達も何かにとり憑かれたようになって、私達を見向きもしなくなりました」
憑かれた。まさにそうなのだろう。
神殿長と神官達を唆した誰かの存在をわたくし達は数人つきとめていた。明日の御前会議ではもっと詳しいことが報告されるだろう。
孤児院では質素であるが栄養たっぷりの食事が供される。神殿ではさらに質素になる。
わたくしは孤児院の子供達と椅子を並べ、神殿の者と同じ食事をとることにした。
それを運んできてくれた中年の神女は馴染みの者で、やはり笑った。
「シャイロ様はお変わりになりませんね。ゆくゆくはこの国の頂点に立つ方なのに、お城でも黒パンを召し上がっていらっしゃるのですか?」
「好きなのですもの」
わたくしは小麦粉をイーストで膨らませたフワフワの白いパンより、サワードゥを使ったライ麦の固めで少し酸味のある黒パンが好きなのだ。
今日のスープは白身の川魚と夏野菜の入ったものだ。
子供達には卵料理とドライフルーツがたっぷり入ったパンが添えられる。
孤児院では流民の子供が多いが、食事のマナーはきちんと躾けられる。
いずれ外の世界で独り立ちした時、値踏みをされるマナーの最たるものは食事だからだ。
流民の孤児の多くは飢えている時が多かったためだろう。孤児院に来てすぐの頃はとにかく詰め込む。次にいつ食べられるかわからない恐怖が心を支配しているのだ。
隣の子供のものを取ることもある。
そんな時は決して叱らず、根気よく食べるものはあることを教える。
黙って料理を取った方にも取られた方にも出す。
そのうち、子供達は飢えることはないと理解し、そこからマナーを仕込むことが始まる。
だから…
一時でも飢える寸前までいった今回の騒動は許しがたいのだ。
子供達を我慢させて、たった11人に贅沢させたとは。
反省房の11人は100日間、雑穀粥とパンで過ごせばいい。
神官長は高齢だから10日で地下牢から出し、あとは反省房に移そう。水汲みの課役は免除するが。
子供達との食事は楽しく終わり、エイベルに急かされて城に戻ることになった。
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