主犯の発狂
脅迫された守人は金庫扉に備え付けられた
ところが、今回重要なのは守人の指紋ではない。アニマを
画面に『解錠します』と表示されると同時に扉の鍵が解かれる音が通路に響く。
「おお、なんだ開けられるんじゃねーか!」
喜びの声を上げたPJが開き始めた金庫扉の前から守人を押しのけた。動く金庫扉を上機嫌に眺める。
一方、押しのけられた守人は扉と反対の壁まで下がった。喜ぶPJたちを遠巻きに見る。
『これ、本当に、いいのか?』
『いいのいいの。中を見ればわかるわよ』
『アニマ、お前、中に、あるもの、知っている、のか?』
『知らないわよ。でも予想できるもの。ま、連中がどんな顔をするのか見物ね』
最初にPJ、次にケニー、その後にマサと智代やケニーの仲間が次々と金庫室に入っていった。最後に守人が続く。
金庫室の中に興味が湧いた守人はぼんやりと薄暗い室内を見て呆然とした。空っぽなのである。
「え、なんだこれ? 何もない? どうして」
『そりゃ閉鎖された研究所に大切なものなんて置いておくわけないじゃない。逆に、なんでここに重要なものがあるなんて思うのよ?』
当然と言った口調でアニマが答えた。そう言われると守人も反論できない。
ただ、まだ他人事であった守人はこの事実を素直に受け入れられたが、ここを目指していたPJたちは事情が違った。最初に立ち直ったのはケニーが目を剥いてPJに詰め寄る。
「おい、これは一体どういうことなんだ!? なんで何もない!?」
「あ」
「呆けてんじゃないぞ! ここまでやっておいてこんな結果なんぞ認められるか! どうするんだ!」
「ああ」
「イカレやがったのか? それともボケたフリでもしてるのか? ああ、くそ!」
目を見開いて呆然としているPJをケニーは殴り飛ばした。左頬を殴られたPJは床に倒れる。
他の者たちが呆然とする中、ケニーが踵を返して一歩踏み出した。その直後、強烈な叫びが金庫室内に響く。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
室内にいる誰もが硬直した。PJに目を向けたまま動けない。
その中でケニーは真後ろから浴びせかけられた叫び声に反応してすぐに振り返った。すると、目の前に拳が現れる。
「なんだ!?」
「アアギイイイィィィ!!!」
意味を見出せない叫びを上げたPJがケニーに殴りかかった。反応が遅れたケニーの頬を拳がかする。一切の手加減なし、殺す気の拳だ。
一旦離れたケニーが怒りを爆発させて突っ込む。
「自分の失敗にキレて暴れるとはな! ふざけやがって!」
憤怒の形相のケニーが反撃を始めた。むやみやたらに暴れるPJに対して反撃しようとする。ところが、地力で負けているようで思うように戦えない。獣のように動くPJに圧倒される。
近距離での殴り合いで負け始めたケニーが離れようとした。しかし、PJは迷うことなく追いついて攻撃を続ける。
「なんだあれ、人間ってあんなに速く動けるのか?」
『あれは脳みそ以外が機械の
「のんきに言ってる場合か? どっちにしてもヤバいだろう」
金庫扉近くでPJとケニーの戦いを見ていた守人は生身では不可能な戦いに震えた。拳の一発が金属の板を激しく鳴らし、蹴りの一撃がコンクリートを削る。
危ないのは守人だけではなかった。室内にいるケニーの仲間はもちろん、マサや智代にも身に危険が迫る。高速で動くPJとケニーは周囲などお構いなしに戦っているのだ。
形勢はケニーの方が常に不利である。反撃はできているが勢いを押し返すほどではない。それを理解しているケニーが戦いながら叫ぶ。
「同志よ、手伝え! 自分が負けたら次はお前たちだぞ! マサ、お前もだ!」
「え、いや、しかしだね」
「理由はわからないが、こいつは暴走している! もうまともじゃない! お前だって見てたらわかるだろ!? 人質なんぞ後にしろ!」
呼びかけられたマサは明らかに動揺した。どうするべきか決められないでいる。
その間に、とうとう最初の犠牲者が発生した。ケニーが体を横に転がしてPJの拳を避けると、その背後に立っていた盾を持った黒い覆面の男にPJの標的が変わる。
「アアアアアアア!!!」
「うわあぁぁぁ!」
反射的に盾を構えた黒い覆面の男はPJのタックルで吹き飛ばされた。二人ほどではないにせよ、男もある程度機械化している
これで金庫室にいるケニーの仲間はようやく動き始めた。ケニーを軸にしてPJと戦う。
「盾を持ってるヤツはPJの動きを止めろ! 銃を使う者は同士討ちに注意!」
「一対一は避けろ! オレたちじゃ敵わん!」
「ちくしょう、速すぎて狙えねぇ! 誰か止めろ!」
「小銃は使うな! 同士討ちになる! 拳銃にしろ! 近づいて撃ち込め!」
ケニー以外の者たちは声を出して連携した。守人が見てもそれほどうまいわけではなかったが、やはり数は力だ。相応の犠牲を出しながらも確実にPJに傷を与えていく。
こうなると、戦いに参加していない守人とマサの手が空いた。そもそも戦力にならない守人と智代を拘束して手の塞がっているマサ。どちらも自然とお互いを意識する。
「いやまさか、こんなことになるとは思わなかったねぇ」
「あのPJって奴、なんでいきなり暴れたんだ?」
「僕にもわからないよ。わかっていたら、もっとうまく立ち回っていたさ」
激しい戦闘音がする脇で守人はマサと対峙した。金庫室の出入り口近くに立っている守人に対して、マサは壁沿いの少し奥側にいる。
「目当てのものもなかったし、そろそろ帰ろうと思うんだ。そこをどいてくれないかい?」
「智代を離せよ、テロリスト」
「ある程度ここから離れたら解放するよ。僕自身はこの子に興味ないからね」
「学校には警察がもう突入してるかもしれないぞ。諦めたらどうなんだ?」
「はっはっは、まだ突入していない可能性もあるよね。僕はそちらに賭けるよ」
「確かあんまり体を機械に変えていないって言ってたよな。それじゃ逃げ切れないんじゃないか?」
「そんなこと言ってたかなぁ。まぁいい、お気遣いなく。うまく逃げるよ。さぁ、早くそこをどくんだ」
マサが手にした短刀を智代に突きつけるのを見た守人は顔をしかめた。顔が引きつる智代の姿を見て拳を強く握るが有効な策が思い浮かばない。
そこへアニマが焦る守人に話しかける。
『モリト、
『え、なんで?』
『あれにはもう一つ仕込みがあってね、あたしが認めた人以外が認証入力しようとすると指先からウイルスが入り込むようになっているの。ただし、接触させた指先を機械化した人に限るけど』
『えげつねぇ』
『今はいいでしょ。ともかく、ウイルスが侵入していたらバックドアが開いてるはずだから、あんたの
提案された話を信じるしかない守人はズボンのポケットから
「結局、あんたたちはここに何を盗りに来たんだ? いや、何があるって思ってたんだ?」
「今更何を聞きたいんだい?」
「いやだって、学校でもここでも散々人に迷惑をかけてたのに、結局ここは空っぽだったんだろう? そんなことまでして何がここにあると思ってたのかなって」
「正直に言うとね、僕はここに何があるかなんてあんまり興味なかったんだ。今の世の中は良くも悪くも落ち着いているからね、もっとこう混乱してくれると楽しいと思ったからこの計画に参加したんだよ」
「そんな理由で!」
「まぁ、普通の人からしたら怒るよね。でも、僕にとっては重要なことなんだ」
「そういえば、あの金庫扉にセットされてたやつにウイルスが仕込んであったって、あんたが気付いたんだっけ」
「ああそうだ。なかなか厄介なことをしてくれたものだね。あれがなかったらもっとすんなりいってたんだけど」
「でも、あの暴れてる奴を見たら、どのみちこうなってたんだよな」
「そうなんだよねぇ。厄介なことだよ」
「ウイルスが仕掛けてあるって気付いたのは、電子ロック解除の操作をしたとき?」
「その通り。よくできていたよ。事前に調べてもわからなかったくらいだ。君は将来優秀なハッカーになれるんじゃないかな」
「嬉しくないね」
『ありがとう、モリト!』
求めていた言葉を聞き出せたアニマが守人の中で声を上げた。
次の瞬間、マサの体に異変が起きる。右手に持った短刀を床に落とした。明らかに動揺している。
「あ、な、なんだ? 右手が動かない!?」
『モリト、今よ! トモヨを助け出して』
「おう!」
アニマの合図と共に守人はマサに向かって猛然と走り、そのまま体当たりをした。右手に気が逸れていたマサの胸に体ごとぶつかったことでそのまま押し倒す。守人は
全身を動かせる守人ではあったが、右腕を動かせないとはいえ部分的に機械化しているマサに力で押されていく。何度か転がった末に馬乗りされて左手で首を絞められた。
歪んだ笑みを浮かべたマサを苦しむ守人が睨む。
「く、っそ!」
「ははは、舐めたマネをしてくれたものだね! このまま殺してやるよ!」
『モリト、あいつの右耳の根元を手で触って! あそこは機械がむき出しになっているから、あたしがハックできるわ』
何とか顔に手を伸ばそうとする守人だったが、腕の長さで負けていることもあってマサの右耳の根元に手が届かない。次第に苦しさが増す中で、苦し紛れに右手を振り回すと手に何かが当たった。そちらに目を向けると、マサが落とした短刀が床に転がっている。
「ぐっ、がぁ!」
「ぎゃっ!?」
短刀を握った守人は迷わずマサの左腕を切りつけた。馬乗りしていたマサが悲鳴を上げて転がると、何度も大きな息を繰り返す。しかし、のんびりとはしていられなかった。まだ勝負はついていない。
大きく息を吸い込んだ守人は歯を食いしばって起き上がる。短刀を捨ててマサに飛びかかった。上に乗り、右耳の根元を触る。すると、マサが突然目を見開いて痙攣した。それから小刻みに震えつつもそれ以上は動かなくなる。
マサから離れた守人は床に寝転がったがすぐに跳ね起きた。周囲に顔を巡らし、智代に駆け寄る。
「智代、おい、大丈夫か!?」
「え? あ、うん」
呆然とではありながらも智代は守人の言葉に反応した。体が震えているのが見ただけでわかる。
ようやく一段落ついたところで守人はPJとケニーたちの戦いのことを思い出した。金庫室の中央を見ると、立っているのは四人しかいない。満身創痍のPJとケニー、そして傷付いたケニーの仲間二人である。
どちらが勝ったところで残るのはテロリストに違いない。しかも、片や暴走したサイボーグ、片や仲間を倒した守人を恨んでいる過激派だ。話し合いが通じるとも思えない。
「勝負がつく前に早く逃げた方が良さそうだな」
『賛成ね。トモヨを連れてさっさと行きましょ。後は警察にお任せ!』
「智代、行くぞ。立てる」
片膝を付いて智代に肩を貸して立たせようとしていた守人は突然視界が明滅を始めたことに気付いた。天井を見上げると電灯が点滅している。
「マジかよ! 今消えるのか!?」
『あ、消えちゃった!』
「やだぁ、今度は何よぉ」
三者三様の言葉を漏らすのを聞きながら守人が周囲を見た。しかし、すぐに電灯が完全に消える。同時に智代が抱きついてきた。
どうするべきか守人が迷っていると暗闇の中にライトの光が現れる。その直後に次々と悲鳴が上がった。そして、すぐ静かになる。ライトの光は二筋のみでPJの目から発せられていた。
呆然としながら守人がつぶやく。
「マジかよ。どうするんだ、これ」
『他はみんなやられたみたいね。となると次は、あたしたちか』
「あんなバケモノ、死にかけでも勝てる気がしないぞ」
『モリト、
「そういや、落としてそのままだ」
『あ、こっち向いたわ』
二筋の光が守人と智代に向けられた。かろうじて見えるPJの顔にまっとうな表情はない。電灯が点いていたときに見た様子では全身傷だらけだったのは確かだ。しかし、それでも真正面から戦える相手ではない。
顔を引きつらせた守人は生唾を飲み込んだ。
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