第5話 番の運命は感じていません

 うわぁ、すごーい。私、生断罪初めて見ちゃった。

 そう言いかけた言葉を私は飲み込んだ。

 生断罪ってさぁ。

 乙女ゲームやラノベなどでよくあるヒロインをいじめていた悪役令嬢の、殿下からの断罪シーン。


 この場面を見てようやく思い出したのだ。

 フツーの女子高校生として生きていた前世の記憶を。


 って、この位置マズいじゃん。

 ティナが悪役令嬢ポジで、私ヒロインってことでしょう。


「俺はアンジュを愛している。そしてアンジュは俺の運命の番。今まで婚約はそのままにしていたが、愛していない君をそのまま正妃などにするものか」


 殿下が私の肩を引き寄せた。

 普通のヒロインだったらこの場面で殿下にしなだれかかり、涙の一つでも流すんだろうなぁ。


 いやぁ、困った。うん、これは困ったゾ。

 ずーっと言えなかったんだけど、運命の番って言われても、まったく私にはそんな感情はないんだよねぇ。

 転生者だから、私には運命発現しなかったとかかな。


「どうしてなのです、殿下」


 ティナはその場に膝を付き、泣き崩れた。

 悪役令嬢というより、その可憐な姿はやはりヒロインね。

 しかし殿下は彼女の思いなど全くないモノというように、気にも留めはしない。


「「ティナ様!」」


 取り巻きの二人が、ティナ様を支えた。

 そして二人の非難の目はすべて、私に向けられている。

 なんかこれ、どう見ても私の方が悪役じゃない。


「殿下……殿下……わたくしは……」


 でもそれでも……私には、どうしても叶えたい目的がある。

 その目的は記憶が戻ったところで、変わりはしない。

 ただ、この状況をどうするか。

 このまま全てを話してしまえば、殿下の気は私から離れてしまうかもしれない。


 ただこのまま、殿下の恋心を利用するのも気が引けてくるし。

 本来私がいなければ、彼女は悪役になんてならずにすんだのに。


 今更、この前言われたばかりの言葉が突き刺さる。


 あああああ、もー。どうしようかな、この状況。

 全部をめんどくさいと放り投げてしまえばいいのに。

 今の私にとっては、他人の色恋なんて知ったとこではないのよね。

 なのにその中心に、自分がいるなんて最悪だわ。


「さぁ行こう、アンジュ」

「殿下……。私の話を聞いていただけますか?」

「どうしたんだ、アンジュ。話なら、部屋でお茶を飲みながら聞くとしよう」


 愛おしむような優しい笑み。

 先ほどのティナに向けていた顔とは全く違う。

 なぜこの微笑みを彼女に向けてあげないのだろう。

 こんなにも私に嫉妬するほど、自分を愛してくれてるのに。

 ……残念で、残酷な人。


「いえ、殿下。ここでティナ様にも聞いていただきたいのです」

「そうか。そなたも、ティナに言いたいこともあるだろう」

「あのぅ……ア・レ・ン・様、今から言うことや話すことは不敬罪になんてならないですよね?」


 上目遣いに、猫なで声。

 どちらも殿下の大好きなモノだ。

 殿下の攻略法を考えるうちに、私が身に付けたもの。

 殿下は知的で美しいティナ様のような人よりも、ややおバカで可愛らしい女の子の方が好きなのだ。


 ああ、もしかしてこんな感じだから運命の番とかと勘違いされたとか?

 そもそも私が運命を感じてない時点で、番というモノが理解できないからどうしようもないんだけど。


「あぁアンジュ、やっと名前で呼んでくれるんだな。もちろんだ、どんなことでも言うがいい」

「ほんとですかぁー? アンジュうれしいですぅ」


 ええ、本当に。

 この言質があるとないとでは、話が全く違うもんね。


「えっとぉ、ではまずぅ、婚約はお断りします~」


 にこやかに私が宣言すると、みんながあっけに取られたように固まった。

 まぁ、だろうね。

 みんな番は両想いって思っていたと思うし。

 私は目を閉じもう一度目的を確認し、ここに来る数時間前のことを思い出した。

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