第156話 同じ感想

「さて、空いてるかな」


冒険者ギルドが一番混む時間を避けたアスト。


時刻は既に九時を回っており、アストの予想通り大半の冒険者たちは今日の依頼をゲットし、仕事へ向かった。


「よし、空いてるな」


既に依頼書の争奪戦を行う時間を過ぎており、今更一人で冒険者ギルドに入って来たアストに、複数の視線が向けられるも……視線は直ぐに逸らされた。


「来ましたね、アスト」


受付カウンターへ向かう前に現れたのは、アストの知人とも言える受付嬢のリーチェ。


「あぁ。その様子だと、既に知ってるみたいだな」


「当然でしょう」


そう言いながら、先程まで自分がいたカウンターへとアストを誘導。

その光景を見た一部の冒険者たちは、再びアストに視線を向けることになった。


「あなたに、指名依頼が来てるわ」


リーチェは一枚の依頼書をアストに見せる。


「一応聞くけど、どうするの」


「受けるよ。昨日、友人から頼まれたからな」


「友人から、ね…………あなたにそう言われて、彼も嬉しいでしょう」


「そうか?」


「そうよ。では、報酬金額や拘束期間も本当に問題無いのね」


「あぁ」


「解ったわ」


リーチェは直ぐに手続きを行い、アストが大手クラン……煉獄からの指名依頼を受けることが決定した。


「早速、クランハウスに来てほしいそうよ」


「解った」


直ぐに煉獄のクランハウスに向かおうとするアスト。

その背中に、リーチェは声を掛けた。


「アスト」


「? なんだ」


「可能なら、夜に店を開けといてくれると嬉しいわ」


「……あぁ、分かったよ」


知人の頼みに、アストは嬉しそうな笑みを浮かべて答え、今度こそ仕事場へと向かった。


「…………」


「やるじゃない、リーチェ。あっさりデートの約束を取り付けちゃって」


リーチェの同期である受付嬢は、ロビーに居る冒険者たちに聞かれない様な小声で話しかけた。


「デートじゃないわ。ただの食事よ」


「それがデートってことでしょ」


「……正確には、私が彼が営むバーへ行くだけよ」


決してデートだとは思っていない。

ただ、久しぶりに再会した知人が作るカクテルを、久しぶりに呑みたいだけ。


「本当にそうかしら~~」


「はぁ~~~……それなら、あなたも一緒に来る? 私は構わないですよ」


「えっ……それは…………」


彼女から見て、リーチェがアストに向けている気持ちは……解らないというのが、正直なところであった。


友人の様に思っているのか、それとも異性として見ているのか……中々断言出来ない。


「……じゃあ、お邪魔しようかな」


「えぇ。それじゃあ、仕事が終わったら一緒に行きましょう」


友達として、背を押すべきなのかと悩むも、彼女もアストのバーで呑めるカクテルを、料理の味を知っているからこそ、まさかの返しに断ることが出来なかった。






(できれば、ここ三日間ぐらいはダンジョンに潜らないで済むと良いな)


クラン、煉獄のクランハウスに向かいながら、アストはそんな事を考えていた。

約束した以上、アストとしてはリーチェにカクテルや料理を提供したい。


(……そういえば、結局昨日はヴァ―ニからどういった事を教えてやってほしいと言われたが、どういう風に教えるかは話し合わなかったな)


途中からヴァーニだけではなく、アストも知っている客が来店したこともあり、二人の個人間の話はそこで終了した。


「…………向こうが考えてくれてるなら、それに従えば良いだけだな」


煉獄側が何も考えていないのであれば、アストが考えることになる。

だが、若干面倒という感情が顔に浮かぶも、誰かに何かを教えるのは今回が初めてではないアスト。


クランハウスに到着するまでの間、あれこれ考え続けていると……あっという間に到着。


(久しぶりに来たな……相変わらず、貴族の屋敷って感じだな)


赤を基調とした大きな屋敷。

何も知らない者が見れば、本当に貴族の屋敷だと勘違いしてもおかしくない。


ほんの少し緊張しながら、門に設置されている特徴的な円をノック。

すると一分もしない内に一人の冒険者が現れた。


「やぁ、アスト! 久しぶりだね!!!」


「お久しぶりです、バスラダさん」


門まで超速足で現れた人物は、クラン煉獄のベテラン冒険者であるバスラダ。

年齢は三十手前であり、短い茶髪に親しみやすい顔。

大手クランのベテランらしく実力は確かであり、ヴァーニやその同期たちの先輩にあたる人物。


以前、アストがラプターで活動していた時も交友があり、今回アストが煉獄からの指名依頼を受けてくれたことに、本当に感謝していた。


「いやぁ~~、ヴァーニから話は聞いてたんだけど、本当に来てくれて嬉しいよ」


「どうも」


「久しぶりにあったあいつはどうだったかな」


「……良い意味で、大人になってましたね。ちょっとだけ、こいつは誰なんだって思うぐらい、成長してました」


「あっはっは!!! そうだろう、そうだろう。間近で成長を見ていた僕も何度か同じ事を思ったよ」


ヴァーニの成長、軽い昔話で盛り上がりながら、バスラダはアストを早速訓練場に案内した。

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