第142話 解って、いても
「んじゃ、またな~~~~」
「気を付けてお帰りください」
四人の全員で、少し多めに代金を貰ったアスト。
食器やグラスを片付け、また新しい客が来ても直ぐにもてなせる様にせっせと動く。
「まだ、やってるだろうか」
「っ、えぇ……勿論ですよ、アリステアさん」
丁度アストが食器を洗い終え、カウンターの簡易清掃を終えた後に……騎士団の団長、アリステアが訪れた。
「おしぼりと、メニュー表になります」
「ありがとう」
二度目の来店ということもあり、慣れた様子でメニュー表を眺める。
「っと、そうではない」
「?」
「アスト……済まなかった」
突然アストに対し、頭を下げたアリステア。
止めてくれ、マジで止めてほしい……しかし、どういう意味でアリステアが自分に頭を下げているのか理解したアスト。
「アリステアさん、しかと謝罪の言葉は受け取りました。なので、頭を上げてください」
既に日は暮れているとはいえ、歓楽街から戻って来た誰かがこの光景を見てもおかしくない。
アリステアもそういったアストの考えを解らないわけではないので、直ぐに頭を上げた。
「……君のお陰で、部下たちは救われた」
「ウェディーさんたちのお陰で、無事詠唱を完了させることが出来ました。なので、お互い様といったところです」
「そうか……」
ひとまず、アリステアは知っているカクテルと料理をいくつか注文した。
それらを呑み終え、食べ終えるまでの間、前回と同じようにアストと語り合い続けた……だが、アストは気付いていた。
何故か、アリステアの顔に不安が浮かんでいることを。
「アリステアさん。もしかしたらですが……何か、悩み事があったりするでしょうか」
「っ…………流石だな」
隠しても無意味だろうと悟り、アリステアは素直に認めた。
悩みが……不安があることを。
「……私には、剣技以外にも暗黒剣技という、スキルがある」
「暗黒剣技、ですか」
アストも話には聞いたことがある。
聖剣技と暗黒剣技。
どちらかのスキルを体得することが、純粋な剣士たちの一つの目標だと。
しかし……アリステアの表情から、暗黒剣技を体得してしまったことを、呪う様な思いが見えた。
「そうだ。アストは……感情が、暴走してしまった事はあるか?」
「感情の暴走ですか…………ありますね」
アストは過去に、単純に一時的にパーティーを汲んでいたメンバーが追い込まれ、純粋に感情が爆発したことがある。
そして、初めてブレイブ・ブルを使用した時。
今でも、ブレイブ・ブルを使用した際は、自分の感情が、闘争心が暴走しそうであるのを自覚している。
「君でも、あるのだな」
「私も、人の子です。まだまだ未熟な点ばかりです」
「ふふ……そうか…………暗黒剣技、というスキルそのものが、悪だとは思っていない」
人を殺す凶器が悪いのか。
人を酔わせ、暴走させてしまい、取り返しのつかない事故を起こしてしまう酒が悪いのか。
バレない、見えない……こいつは悪だと、世論がそう言うから正義の鉄槌を多くの者が振り下ろし、殺してしまう……そんなSNSが悪いのか。
違う。
どれも、使う者によって他者を救う道具に、緊張感を溶かして本音を零せる癒しに、他者を勇気付けるメッセージへと変わる。
それを、どう使うか……そこで、使用者の真価が問われる。
「それでも……どうしても、あれを使う時に、感情が爆発していると……暴走しようとしていると、感じてしまう」
「アリステアさん……」
解ってはいる、解っていても……納得出来ないものというのは、確かに存在する。
「私は、騎士団長だ。スキルは悪くないと、扱う者次第だと解っていても……イメージは、良くない。解っている……この気持ちは、暗黒剣技を使いながらも、正しい道ん進もうとしている者たちへの差別に、侮辱となる。でも…………」
「………………」
解ります、その気持ち……と、言えるわけがない。
アストは冒険者ギルドという組織に属してはいるが、それでも基本的に自由に生きている。
好青年……の様に思われる反面、自分に妬みや嫉みを持つ者が絡んできた場合、理不尽に潰しはしないが、確実に力の差を、経験の差を見せ付けている。
うっかり、知らずとはいえ知人が気になっている女性と合体してしまったこともある。
そういった事でどう思われようとも、アストは大して気にならなかった。
ただ、騎士団長という立場に就いている以上、そこを気にせず活動するのは……不可能に近かった。
(…………俺には解らない苦労が、この人にはある………………それなら)
アストはカクテルグラスを用意し、ウォッカを三十、ホワイト・キュラソーを十、クランベリー・ジュースを十、ライム・ジュースを十用意。
それらを全て氷と共にシェーカーに入れてシェイク。
カクテルグラスに注ぎ、カットしたライムを添えれば、綺麗な赤色のカクテルが完成。
「コスモポリタンになります」
これが、今のアストに伝えられる思いだった。
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