第122話 離れれば、失われる
「こちらがメニューになります」
「ありがとう」
女性はメニュー表を受け取ると、初めてミーティアを訪れた客と同様メニューの多さに驚くも、心の内に隠して冷静にメニューに目を通していく。
「……先に、料理を頼んだ方が良いのだろうか」
「夕食を食べていないのであれば、その方がよろしいかと」
「そうか。では、このドリアと肉のお任せピザを頼む」
「かしこまりました」
注文を受けたアストは先に用意していた肉とキノコのスープを提供し、即座に調理に取り掛かる。
「………………」
(やけに、見てくるな?)
調理中、カクテルを作っている最中に見られることは珍しくない。
だが……本日来客した女性はジッと……深く、威圧感を与えない目でアストを見ていた。
「オールド・ファッションドを一つ」
「かしこまりました」
丁度手が空いた時にライ・ウィスキー等を用意し、速過ぎず……遅過ぎず。
素人が見ても、完璧なのでは? と感じる所作で作られ、提供された。
「オールド・ファッションドでございます」
「ありがとう」
その後、ドリアと上位種オークの肉と、アッパーブルという牛モンスターの肉がメインのピザが完成。
女性は約十数分ほど、カクテルと料理の味を堪能し続けた。
「美味しかった……一流の味を、こういった場所で食べるのも、また良いと感じた」
「恐れ入ります」
「……まだ、自己紹介をしていなかったな。私はアリステア・アードニス。この街で活動している騎士団の団長を務めている」
予想通り、ミーティアに訪れた凛々しさと美しさを兼ね備えた美貌を持つ女性は、ウェディーたちの上司であり、多くの女性戦闘者たちが敬意の念を抱いている人物だった。
「私の名はアスト。このバー、ミーティアの店主。そして、Cランクの冒険者としても活動しています」
「アスト、と呼んでも良いだろうか」
「えぇ、勿論構いません」
「ありがとう……アスト、昼間は部下たちを助けてもらったと聞いた。心から感謝する」
「っ……感謝のお気持ち、受け取りました」
表した絵を、絵画として家に飾りたい。
そう思える程の存在感、美しさを持つ美女が自分に頭を下げているという状況に……ほんの少し興奮を覚えるも、超大物と呼べる人物が自分に頭を下げているという現状に対するある種の恐ろしさの方が勝っている。
だが、アストはこれまでの経験から下手に「頭を下げてください」と頼むのではなく、素直に感謝の気持ちを受け取った方が早いという結論に至っていた。
「アストが助っ人として参加しなければ、部下たちの多くが亡くなっていただろう」
アリステアはウェディーから自分たちが遭遇したオーガの大まかな数、そしてオーガジェネラルとグラディエーターという強敵もその場にいたという報告を既に聞いていた。
「偶々通りかかっただけです」
「報告通りの戦力であれば、正義感を持っていたとしても、助っ人として参加するにはそれ相応の勇気がいる。その勇気を、称賛したい」
「……ありがとうございます」
真っすぐ褒められる事に対し、相変わらず照れを感じるアスト。
宴の席で相手が寄っているのであれば、雰囲気でそこまで恥ずかしく感じることはない。
しかし、アリステアはオールド・ファッションドというアルコール度数が三十度以上のカクテルを呑んではいるが、まだ一杯目。
下戸ではない彼女にとって、まだまだこれからが本番。
酔いを感じさせない真剣な眼を向けて褒められれば……ある意味、もう勘弁してくれと言いたくなる。
「その件で一つ訊きたいのだが、本当に報酬は数個の魔石だけで良かったのか?」
アストが参戦したお陰で、何人もの女性騎士の命が救われた。
結果としてアストがオーガたちから全く攻撃を受けず、無傷の状態で終えたとしても、だからといって魔石数個の対価で支払うだけで良いとは思えなかった。
「はい。私は現状、懐事情に困っていませんので」
「……では、善意で彼女たちを助けたと」
「正義感と言える大層な志は持っていません。ただ、現状を知ってしまった。後で悲惨な話を聞いて後悔するよりも、自分にはどうにか出来る力を持っているのだから、なんとかしたいと動いた。それは、後で自分が後悔したくない……後悔の念で潰されたくないといった、ある種のエゴです」
「なるほど…………」
ウェディーたちを助けた理由は正義感などといった崇高な理由ではなく、ある種の我儘である。
そんなアストの答えを聞き、アリステアは暗黙の了解を破ってでも目の前の青年をスカウトしたいと、ウェディーと同じ答えに至った。
だが、それと同時に……そのある種のエゴは、アストが冒険者として活動しているからこそ生まれたもの。
冒険者という職から離れれば、その気持ちが失われてしまうのを察した。
(これが、噂の男の本心、か)
実のところ、アリステアはアストと初対面ではあるものの、噂程度ではあるがアストというバーテンダー兼冒険者のことを知っていた。
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