第111話 何故、知ってる?
「いらっしゃいませ」
「っ……」
アスト以外の客が入って来た。
当然……アストはバーを貸し切りにしているわけではないため、他の客が入店してもおかしくない。
(……どう見ても、俺より強い)
その客を視た瞬間、アストは自分が勝てない相手だと瞬時に見極めた。
とはいえ、入店してきた客と面識がないため、特に争いごとに発展するかもと気にする必要はない。
その筈だったが……客は、アストの隣に座った。
店にはアストしかいなかった為、他に座るところは幾らでもある。
にもかかわらず、客はアストの隣に座った。
「やぁ、初めまして」
「どうも……初めまして」
「私はナツキ。君と同じ冒険者だ」
「そうでしたか。自分はアストです」
アストは自身の隣に座った客……同業者であるナツキの顔を見て、ある思いが浮かんだ。
(この人……絶対に今まで、多くの人を勘違いさせてきただろうな)
麗しい黒髪。人懐っこい笑顔を持つ美女。
平均以上のスタイルも持ち合わせており、アストは前世の自分であればうっかり一目惚れしてたと思うほど……ナツキには、男の感情を引き寄せる要素が詰め合わさっていた。
「ふふ、やっぱりか」
「? やっぱりとは、いったい……」
そこで、ようやくアストは気付いた。
ナツキが帯剣している武器が短剣や双剣、ロングソードではなく……刀であると。
「君が、弟子を色々と助けてくれた男の子だろ」
「お、男の子…………あの、一応二十になっているので、男の子というのは」
「へっへっへ、ごめんね。思ってた以上に良い子に見えてさ」
「良い子、ですか」
隠さない……自然な笑み、二十歳の男性に向かって男の子と呼ぶ。
それら全てを含めて、やはり危ない女性だと再認識。
「安心して、アスト君がヴァレアと勝負した件に関しては、単純にヴァレアが負けたのが悪いと思ってるから。あっ、マスター。アレキサンダーをください」
「かしこまりました」
「でもさ、アスト君はヴァレアとの勝負が終わった後、わざわざあの子の頼み事を受けてくれたんでしょ」
「……店主であるベルダーさんが決めてくれたとはいえ、申し訳ないという気持ちはあったので」
本来であれば、イシュドは戦斧だけでも奥の手としての武器は十分だった。
だが……日本人としての魂が呼応してしまったのか、ベルダーが提示してくれた提案を辞退する事は出来ず、勝負に参加してしまった。
「だからって、普通はCランクの冒険者がBランクの中でもトップクラスの力を持つ烈風竜の討伐を手伝わないでしょ」
(ヴァレアが話した……ってことだよな?)
ナツキから敵意や、さぐるような雰囲気は一切感じられない。
見た目からして、腹の探り合いが出来るようなタイプにも見えない。
しかし、人は見た目で判断出来ないというのは……前世から知っている。
どうしても、もしかしたらという嫌な予感が頭の片隅から離れない。
「……俺も一応冒険者なので、多少の興味はありました」
「多少の興味、ねぇ~~~……ドラゴンスレイヤーの称号が欲しかったとか?」
「二人で戦ったので、その称号はお預けでしたけど、結果として良い経験は出来ました」
「ポジティブだね。いや、大人と言うべきかな。私が所属してるクランにはアスト君ぐらいの歳の子が結構いるんだけど、皆君ぐらい大人だったら良いな~って思うよ」
ナツキはマスターから提供されたアレキサンダーを一気に半分ほど呑んだ。
「ん~~~~、美味い!!!!」
「ありがとうございます」
「それで……あれだ。ヴァレアも良い相手と出来て良かったね~~~って話だったね」
「っ!!!!!!??????」
そもそもそんな話ではなかった。
自分が所属しているクランの若い者たちが、アストほど大人であれば良かったなと話していただけであり、ヴァレアの相手云々という話は一切していなかった。
いきなりぶっこまれ、ジン・フィズが気道に入ってしまい、何度もむせた。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……大丈夫です。というか、あの……えっと………………なんで、それを?」
ヴァレアが言っていた、刀の師匠……そこまでは解っている。
しかし、師匠とは言え、何故そこまでプライベートの事を話す? という疑問が浮かぶ。
「ヴァレアから、聞いたんですか?」
「それもあるけど、あれ……君へ報酬、それも加えたら良いんじゃないってアドバイスしたの、私なんだよね」
「……………………」
「あれ? お~~~い、大丈夫~~~??」
今度は気道に何も入っていない。
ただ……あまりの衝撃に、アストは本気で固まってしまった。
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