第89話 惚れたのは、あの刀

「あ、あなた……あれ程の、名刀を購入しておいて、メインの武器を、刀にしないつもりなの!!??」


ヴァレアは今、アストが名刀だけではなく高品質の大斧も購入している事を忘れており……それを思い出せば、更に怒りの噴火間違いなし。


「え、えっと。そう、ですね。その……俺のスタイルは、臨機応変にと言いますか」


その場しのぎの嘘という訳ではない。

アストはロングソードの武器も扱え、練度は高くないが購入した大斧や刀も一応扱える。


武器を使った接近攻撃だけではなく、魔法を使用した遠距離攻撃も可能であり、受け流しの技術やスキル、カクテルの技、アルケミストを使用すれば疑似タンクとして活躍することも出来る。


ただ、八面六臂の活躍が出来るアストの凄さを……ヴァレアは知らない。

仮に知っていたとしても、だからという話になってしまう。


「私が……私が、どんな気持ちで!!!!!!」


元々細剣の使い手であったヴァレア。

刀との出会いは、同業者である先輩が別大陸の出身であり、その先輩が所有していた武器が刀だった。


鋭さ……刀という武器だけではなく、その先輩の強さも相まって、人武一体。

その先輩の全てを含めて刀という武器に見えた。


その衝撃で強烈な出会いによって……ヴァレアは刀という武器に惚れた。

元々繊細な扱いといった共通点があり、扱いに慣れるまでそこまで時間は掛からなかった。


しかし、直ぐに到達したのは一定レベルまで。

そこから先へ……その先輩の振るう刀技には及ばない。

それがまた、ヴァレアを一層夢中にさせた。


そして遂に、自分の相棒に……命を預ける相方にしたいと思える名刀に出会えた。

ただ、値段を見た時、その金額にギョッとした。


(私が、私が、どれだけ…………ッ!!!!!)


それでも、ヴァレア諦めなかった。

手持ちが足りなければ、冒険者らしく冒険で稼げば良いだけの話。


ベルダーもそんなヴァレアの気合を買い、まだ彼女が持つには早いと思いながらも、購入金が貯まるまで待つと伝えた。


(こ、この場で斬られたり、しないよな)


しかし、いきなり現れたアストという男によって、名刀を懸けた勝負が発生し……結果、負けてしまった。

にもかかわらず、購入した男は刀をメインに扱おうとしない。


彼女の立場、気持ちを考えれば、怒るなと言うのは無理な話である。


「その……あの、あれですよ。今回、ヴァレアさんが手に入れたBランクモンスターの素材を使用して、ベルダーさんに刀を造っていただいたらどうでしょうか」


「…………」


「今回の一件はベルダーさんの伝達ミスが要因ですし、きっとタダで造ってくれると思いますよ」


その可能性は、無きにしも非ずだった。


実際にヴァレアが頼めば、ベルダーは他の注文をなんとかズラし、最優先で……それこそ、アストの刀の製作を後回しにしてでもヴァレアの刀を造る。


Bランクモンスターの素材を使った刀。

それはそれで……見てみたい、造って欲しいという思いがないと言えば、嘘になる。


だが………………違う。


「違う、違うのよ」


「へっ」


「私が、惚れたのは!!!! あの刀なのよ!!!!!!!!」


鮮烈でハッキリとした、心の底から気持ちが溢れ出す告白が……食堂中に響いた。


少し前から、一人の青年に対して詰め寄る美女といった光景に、宿泊客たちの視線はちらほらと向けられていた。


そこでヴェルデが更に大きな声で告白? をしたことで、更に多くの視線が集まる。

ここで普段のヴェルデであれば、多くの視線が向けられていることに気付いて、一旦落ち着きを取り戻すのだが……今のヴェルデは、それに気付かないほどアストに対して怒りを抱いていた。


「なのに、あなたは……あの刀を、殆ど使わないつもりなのでしょ!!!」


「っと…………個人的に、あまり強力な武器を頼って使っていれば、自分の力と勘違いしてしまうかと思っていて」


「冒険者やその他の戦闘職にとっても、武器は己の力の一部なのよ!!!!!」


なんとか無事にやり過ごしたいアスト。


怒りが爆発し過ぎた影響で、決して間違った事は言ってないが、色々と端折り過ぎて自分の考えを口にしてしまった。


(考えは人それぞれだとは思うんだが……ところで、結局ヴェルデさんは何をしたいんだ?)


怒りをぶつけられている。

それは解る。


何故怒りをぶつけられているのか、その理由に納得はしてないが、理解は出来る。

だからといってアストはわざわざ自分のメイン武器を刀に変えようとは思っておらず、人から強制されるように変えるなど以ての外。


「……ヴェルデさん。あなたにはあなたの考えがあることは解りました。しかし、あの勝負に勝ったのは俺です。ベルダーさんもそれは認めてくれました。俺は決してあの刀を埃被ったままにするつもりはないので、これ以上……あの刀についてあれこれ言われる理由はありません」


「ッ……解ってる、わよ」


解っていた。勝負に負けた。

その事実は変えられないが、それでも個人的に色々と納得出来ない部分があった。


そんなヴェルデの心情を、アストは仕方なく汲み取った。


「それで、ヴェルデさんは俺にどうしたいのですか。メイン武器を刀に変えろと言う事以外であれば、一応話は聞きますが」

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