第73話 時間や場所
「おいおい、これ以上勧誘はしないんじゃなかったのか」
「……これほどの料理を食べて、我慢しろというのは無理な相談ではなくて?」
「ふふ、そうだな。からかって悪かった……俺も同感だ」
ようやく……ようやく腹が膨れてきた戦闘メイドたち。
マティアスも王子がそれで良いのか? といった様子で米と唐揚げ、漬物きゅうりを食べ続けた結果、残すことはなく完食した。
ただ、普段以上に限界を超えた量を食べてしまったため、もし今すぐ激しい運動を行えば、リバースしてしまう状態になっていた。
「褒めてくれるのは嬉しいですが、特に優れた技術が必要な料理ではありません。料理のスキルも、宮廷で仕事をしている一流シェフたちの方が上です」
「……マスターの口ぶりから、確かに嘘を言っている様には思えない。しかし、今食べた料理は人生の中で、確実にベスト五に入る美味しさだった」
「私はベスト三に入るかもしれませんね~~」
「その可能性も、無きにしも非ずだな。だからこそ、この美味しさの秘密が気になってしまう。勿論、無理に答えてほしいとは思っていない。バーテンダーであるマスターにとっては、重要な秘密であることも理解している」
「えっと…………正直なところ、本当に大したことはありませんよ。ただ、そうですね…………ちょっと違う例えになってしまいますが、皆さん……食材の色によって、目の前の料理を食べたいか食べたくないか決めてしまうことはありませんか」
あえて、あえてアストはここで青色を例として出さなかった。
何故なら……マティアスがおそらく普段の限界以上に食べてしまい、何かが切っ掛けでリバースしてしまう可能性があるため。
アストとしては、バーでリバースしてしまう客というのは、前世での経験上そこまで珍しいことではない。
ただ……王子という立場である者が、人前でリバースしてしまうのは、非常に不味い。
平民であって貴族間や王族間のあれこれに関して詳しくないアストだが、それはなんとなく理解出来る。
「うむ、匂いではなく、色で食欲が左右されることは、確かにある」
「おっしゃる通り、料理というのは食材以外の組み合わせなど以外にも、味に……食べる者の感覚に影響を与えることがあります」
「…………時間、ですか」
「その通りです」
戦闘メイドは、罪悪感という言葉を思い出し、時間という答えに辿り着いた。
「本来であれば、既に夕食を食べ終えている時間。しかし、夕食を食べ終えてから数時間が経過しており、小腹が空いてくる時間……そんな時間に食欲がそそられる料理を食べれば、本来の味以上の美味しさを感じることになるかと」
「……本当に喉が渇いている上代で水を飲むのと似ているか?」
「場所という関係性であれば、似ているかと」
深く、完璧に理解する事は出来ずとも、納得は出来た。
それでも、アストが提供した料理がどれも食事の手が止まらないほど美味しかった事実は、彼らにとって変わらない衝撃であった。
「料理とは、奥が深いですね……ところですアストさん、もしや……何か御悩み事でもございますか」
「っ、顔に出ていましたか?」
「本当に薄っすらとですが、僅かに」
メイドとは、最も気遣いが出来なければならない職業。
アストは確かに悩みを隠し、普段通りに接客を行っていたが、ほんの僅かな変化を戦闘メイドは見逃さなかった。
「実はですね」
隠すことでもない内容であるため、何があったのかを軽く説明。
「ベルダー殿ぉ……」
「もしやお知り合いでしょうか?」
「この王都で活動する戦闘を生業にする者であれば、彼に世話になる者は多い。腕は確か……間違いなく一流なのだが、偶にそういうところがあるのだ」
話を聞く限り、女性冒険者が悪い様には全く思えないため、騎士パワーや宮廷勤めメイドパワーなどを駆使してイシュドが目的の刀を購入出来る様に手配することは……出来ない。
マティアスも全く知らない女性冒険者より、敬意を好意を持つアストを何とかしてあげたいと思うが、敬意と好意を持っているからといって女性冒険者の頑張りを無視するような暴走をすることはなかった。
ただ、それでもどうにかして助けになりたい、という思いはあった。
「でしたら、Bランクモンスターと漆黒石の情報をアストさんに提供します」
「えっと……それは…………」
「話を聞く限り、直接討伐や採掘に同行しなければ、問題はない筈です。それに、これまでの冒険で手に入れた伝手を使うのは、冒険者にとって何も悪いことではないかと」
逃げ道を塞いだ、というのは語弊がある。
しかし、現在アストが抱えている一件に対して、マティアスが力を貸すのに理由が必要ないのは、間違いなかった。
「私としましても、あの者どもを捕えることに協力して頂いたアストさんに、是非正式なお礼が出来ればと思っていました」
お礼なら、先日ミーティアにこっそり訪れてくれた国王陛下にチップを頂いたよ……とは言えず、アストは苦笑いを浮かべながら、マティアスたちの助力を受けることにした。
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