第60話 苦労を乗り越えれば
(本当に、頼もしいことこうえないな)
マティアス・ルーダ・カルダールの護衛依頼を引き受けてから既に六日が経過。
その間、相変わらずモンスターが馬車に襲い掛かることはあれど、盗賊が襲ってくることはない。
襲ってくるモンスターの中にはCランクのモンスターもいたが、戦闘はどれも一分と掛からず終了。
騎士という職業上、モンスターよりも人間を相手にするのが得意ではあるが、何度も修羅場を区切り抜けてきた彼らにとって、相手がモンスターか人間なのかというのは、非常に些細な問題であった。
どんなモンスターが相手でも、攻撃が馬車に飛んでしまうことはなく、彼らは見事マティアスを守り続けている。
となれば、やはり自分の仕事は本当に護衛依頼ではない。
そう思ったアストは……やはり、野営時に食べる朝食や昼食、夕食の調理に力を入れる。
「……もう何度口にしているか分からないが、美味いな」
「ありがとうございます」
本日の昼食はサンドイッチ。
見た目としては普通であり、冒険者であっても事前に泊っている宿の女将に頼めば用意してくれる。
しかしアストは適当に具材を用意するのではなく、カツやポテトサラダなどをその場でささっと作り、マティアスや騎士たちに振舞った。
「護衛依頼を受けた身ではありますけど、正直なところ自分の出番はないので、こういったことぐらいは約に立ちたいので」
「そうか……しかし、本当に驚くべき手際だ」
騎士たちの中にも、野営時に簡素な料理を作れる者は偶にいる。
だが、今現在食べているサンドイッチや、これまで食べてきた野営時に料理とは思えない物を作れる者は誰一人いなかった。
「なぁ、何かコツ? みたいなものでもあるのか?」
比較的若い騎士の質問に、アストは首を横に振って応えた。
「いえ、ありません。もし皆さんが野営時に少しでもまともな料理を食べたいと思うのであれば、これまでの経験を振り返れば、なすべきことは直ぐに解るかと」
「………………苦労を得て、技術を身に着けなければならない、という事だな」
魔術師や実力派メイドも含めて首を傾げていたが、護衛のリーダーである男は少し考え込み、世の中の理を口にした。
「その通りです。料理となると、皆さんなおさら興味がないことではあるとは思いますが、興味がある……好奇心を持った道であっても、苦労は避けては通れない経験かと」
マティアスの護衛に選ばれた者たちは、世間一般的には実力派メイドも含めて天才と
呼ばれる部類の者たちではあるが……天才というのは結果があってこそ呼ばれる名称。
やはり、そう呼ばれるまで努力というのは避けられない。
「ふふ、まさにその通りだ。望む強さまで到達できたかと思えば、今度は部下たちを率いた戦い方を覚えなければならない……確かに、これまで行ってきた経験を、もう一度振り返るだけだな」
調理、という実家にいる時や学園で学んでいた時は、まずする事がなかった行動。
何故騎士である自分が……と思ったとしても、やはり野営で美味い飯が食べられると、それはそれで嬉しい。
(非常に的を得た考えだ。しかし、まだ二十にもなっていない年齢で、その考えを冷静に口に出来るとは…………この冒険者は、本当にまだ十八なのか?)
リーダーの騎士は、七割方本気でアストという冒険者をスカウトしたいと思った。
ただ、事前にマティアスが形だけはスカウトしたという報告は聞いている。
であれば、護衛である自分が失敗することが確定なことを繰り返す訳にはいかない。
「……なぁ、アスト。お前はずっと冒険者として活動するのか?」
「そうですね。もう限界だと感じたら引退して、それからは本業であるバーテンダーに集中しようと思ってます」
「あっ、そっか。本業はバーテンダーだったんだな………はぁ~~~~。冒険者を引退した後のプランまで決まってんだったら、しゃあねぇか」
比較的若い騎士はうっかりスカウトしそうになるも、リーダーの騎士と実力派メイドからの視線に気付き、その言葉を口にすることはなかった。
そして全員がサンドイッチを食べおえ、後五分も経てば
出発しようといったタイミングで……魔力を纏った矢が放たれる。
「襲撃だ!!!!!」
感知に優れた騎士が一番に気付き、魔法耐性のある丸盾で弾き、アストも含めて全員が即座に臨戦態勢に入る。
「何者だっ!!!!!!!!」
リーダーの騎士が一応……一応、名乗る気があるなら名乗れを口にするが、姿を現した黒装束の者たちは誰一人として声を出さない。
ただ……隠れた口元が笑っていることだけは、全員気付いていた。
「良いだろう……我らをマティアスを守る盾にして剣。貴様らが誰であろうと、関係無い」
言葉が終わると同時に、本格的に戦闘が始まった。
事前にこういった件が起きた際に、こうしてほしいと実力派メイドから指示を受けていたアストは抜剣士、マティアスの傍から離れないように構える。
ただ、アストは相手がただの盗賊ではないと解ったタイミングで、ある事を思い付いた。
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