第59話 色々と資格たりえる

「安心してください、アストさん。本当に僕は、あなたの人生を縛るつもりはないので」


「お気遣い、感謝します」


人がその時、何を考えているのかを読むという事に関しては、王城で暮らし……そういった世界で生き続けているマティアスも負けていない。


(よ、良かったぁ……いや、やっぱり最終的にちょっとアウトな気がするけど……でも、ちゃんと俺の考えに気付いてくれる人なら、この話も広まることはないか)


光栄なことだというのは本当に解っていても、アストにとって心臓に悪い内容であったのは間違いなかった。


(というか、メイドさんや騎士の人が何もツッコまないってことは、既にマティアス様の考えを理解していたのか? …………なんで?)


平民が貴族の従者として仕えることはあるが、王族の従者として平民が選ばれることは、まずない。

それにもかかわらず、マティアスが自分の従者にしたい、という考えに対して彼女たちは一切咎めようとはしなかった。


ポーカーフェイスはなんとか保ててはいるものの、頭の中は何故という単語で一杯だった。


(マティアス様が納得するアドバイスをするだけあり、太芯を持っていますね)


アストが若干混乱している中、実力派メイドはアストが己の人生の目標を捨てることなく、変わらずその道を進もうとする精神に感嘆していた。


本人は何故? と疑問で頭が一杯ではあるが、貴族出身のメイドや騎士たちから見て、アストはとても礼儀作法が身に付いていた。

もしや自分たちと同じ貴族出身の冒険者……それか、貴族の隠し子なのではないか? と疑いはするが、事前にその辺りは調べているため、アストが本当に平民出身であることは解っている。


それでも、アストの礼儀正しい態度や言葉遣いを見ていると……平民であっても、構わないのでは? と思ってしまう。

加えて、実力派メイドたちはアストがこれまで達成してきた依頼や、討伐してきたモンスター、盗賊の情報などを入手している。


軽く調べれば、十八歳という年齢でCランクに到達するということは、スピード出世であり、将来有望株であることが窺える。

そして……アストの場合、冒険者として活動を始めてからBランクモンスターの討伐に関わった機会がかなり多い。


直近で言えばBランククラスまで成長したエイジグリズリーや、同族を食らう狼、リベルフなど。


一般的な冒険者からすれば、超不運だと断言する遭遇歴だが、アストはことごとくその不運から生き延びており……討伐に大きな貢献を果たしている。

そういった面も含めて、実力派メイドは、アストがマティアスの執事になることに、不満は一切なかった。


「今回は、就寝までの時間は短いですが、良ければアストさんが戦って来た強敵との話を聞かせてほしいです」


「私が今まで戦ってきた強敵について、ですか。かしこまりました」


アストはマティアスが何を考えているのか、直ぐに把握した。


(貴族は、家門によっては基本的に幼い頃から、進まなければならない人生が決まっている。だからこそ、平民の子供たちと比べて、どうしても大人びてしまう子が多いのは解っていたが……この方は、本当に凄いな)


第五王子のマティアスにとって、国王の座というのは縁のない話。

故に、国の為に将来は騎士となり、民を守る剣に……盾になるという未来が決まっており……マティアスはそれを受け入れている。


それが解ったアストは、なるべくマティアスの為になるように話を行った。


「…………そう、なんですね。アストさんでも、逃げるということがあるのですね」


「お恥ずかしながら、私の強さにも限界はありますので。それに、生き延びなければ次はありません」


「逃げるのも大事、そう言いたいという事ですね」


王族に向かって、失礼なアドバイスと思われる可能性が高い。

しかし、アストは既に進む道への覚悟が決まっているマティアスにだからこそ、その大事さを伝えたかった。


「……マティアス様は、騎士としての活動を始めれば、直ぐに人の上に立つ役職に就くかと思います。そうなった時、やはりマティアス様はそう簡単に部下を見捨てられないと思います」


「王族として……甘いのは、解っています」


「誰かを批判する訳ではありませんが、戦場という場で戦う者としては、冷酷な上司よりもよっぽど頼もしく、命を預けたいと思えます」


あなたの優しさ、甘さは決して悪いわけではないと伝え、話を戻す。


「ただ、それだけでは部下の命を助けられないこともあります。なので、どの様にして逃げるか。ただ逃走するだけではなく、迫る敵に対してどのような嫌がらせ、罠を仕掛けて妨害するか…………騎士として、王族としては恥を感じる行為なのかもしれません。しかし、ご自身の命を大事にしつつも、部下たちの命を粗末にしたくないという考えを貫くのであれば、そういった逃走の際のあれこれを考えるのも、一興かと」


「…………ありがとうございます、アストさん。私は……やはり、この甘さを捨てたくありません」


是非とも、アストが使った手段を教えてほしい、そう口にしたタイミングで、いつもマティアスが就寝している時間が訪れてしまい……その話は後日にお預けとなってしまった。

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