第37話 ツッコミどころ多数
「ごちそうさん」
「ありがとうございました」
ロルバたちと依頼を受けてから数日後、バーにぼちぼち客が定期的に来てくれるようになり、思わず笑みが零れるアスト。
(面倒な同業者はあまりいなし、客たちも太っ腹……この街には、もう少し滞在してても良いかもな)
ちょっとやそっと滞在期間を増やすぐらいでは、同業者たちの怒りを買うことはないだろうと思い……食器を洗いながら、滞在期間の延長を決定する。
「おっ、ここが噂の屋台バーか。店主、まだ営業時間中かい?」
「はい。こちらがメニュー表になります」
アストは洗い物を続けながら、訪れた客の服装……と、雰囲気を注視。
(冒険者……冒険者、だよな? けど、雰囲気は俺が知ってる冒険者たちと少し違うな)
少々気になる部分はあるものの、基本的に自分から客の詳細については尋ねないのがマイルール。
「なぁなぁ、店主。あんたも冒険者なんだろ」
「えぇ、その通りです。昼間は冒険者として、夜はこうしてバーテンダーとして活動しております」
「先輩の冒険者がさ、この店の店主に色々と相談すれば今後活動しやすくなるって聞いてよ」
相談相手として申し分ない。
同業者である冒険者たちの感想であっても、客たちにそう思われているのは、非常に嬉しい。
(そう思われてるのは嬉しいが……先輩? どう見ても、この人が先輩って呼ばれてもおかしくない年齢に思えるんだが)
ぱっと見若々しく見えるが、前世も含めて多くの顔を見てきたアストは、目の前の客が確実に三十を越えていることを見抜いていた。
「私で良ければ、相談相手にならせていただきます」
「へっへっへ、ありがとな。っと、その前に酒を頼まないとな」
男は呑み方を解っているのか、初めにカルアミルクを頼み、呑み終えたらアルコール度数が十半ばのカクテル、エル・ディアブロが欲しいと注文。
料理はローストビーフとピザを頼み……メニュー表に並んでいるカクテルの中でも、アルコール度数が二十度以上のメニューに目を向けていた。
「お待たせしました、カルアミルクです」
グラスを受け取った男は一気に半分程呑んだ。
「ふぅ~~~。美味いなぁ…………冒険者の中にはあんまり好まない奴もいるみたいっすけど、俺は結構好きなんだよな~」
「単純にアルコール度数が高い酒を呑み慣れているのか、ミルクという単語に子供っぽさを感じているのか、そのどちらかかと」
「あぁ~~~、なるほどな。俺は見たことないけど、ルーキーにベテランがママのミルクでも飲んでなって言いながらからかう事もあるんだっけ」
「……私も、そういった話は偶に耳にしますね」
偶に耳にするどころか、アストは実際に言われたことがある。
言われた際、クソめんどくせぇと思いながらもスルーしようとしたが、そのまま絡まれてしまい……結局回避できず、そのまま倒してしまった。
「それで、私にいったいどういった事を訊きたいのでしょうか」
「おっと、そういえばまだちゃんと挨拶してなかったな。俺の名前はフランツだ」
「よろしくお願いします、フランツさん。私の名前はアスト。先程説明した通り、昼間は冒険者として、夜はこの様に屋台でバーを開いてバーテンダーとして活動しています」
「いやぁ~~、マジで凄いよ。俺、教師と冒険者は両立出来ないよな~って思って、つい最近教職を止めたんだよ」
「な、なるほど?」
「元々は騎士として活動してて、その後は学園の教師として活動してたんだけど……まだ現役騎士として活動してた時に知り合った冒険者たちと話した時、そいつらが話してくれた冒険譚が忘れられなくてさ。んで、最近思い切って教師の仕事を止めて冒険者として活動を始めたんだよ」
(…………え、は!? 待って、待って…………は!? ど、どういう事、だ?)
言葉だけを見れば、どういった流れで現在冒険者として活動しているのかは解る。
解りはするが、異色の経歴過ぎてバーテンダーとしての表情が崩れ、素が零れてしまいそうになる。
「それは……思い切った決断を、なさいましたね」
「はっはっは!!!! 元同僚たちや上司からはバカかと言われたよ。でも、まだ年齢は三十五。体が動くうちに、目標を追いたいなと思ってね」
(……フランツさん。三十五歳は、基本的にそれなりに成功した冒険者であれば、既に小金持ちになって引退してますよ)
三十五歳は……確かにまだ体が動くと言ってもおかしくない。
しかし、純粋な人族であれば、肉体的には全盛期を過ぎている。
後はどこまで現状を維持し続けるかを考え始める。
加えて、そろそろ引退……という考えが頭の中に浮かび上がる頃でもある。
「冒険者登録をした時、なんか色々と驚かれたよ。まっ、俺みたいな年齢から冒険者を始めるやつはあんまりいないだろうから、仕方ないんだろうけどさ」
(あんまりいないどころか、多分フランツさんが初めてだと思いますよ)
アストは人生で初めて、ツッコミどころが多過ぎて疲れた、という体験をした。
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