王太子に捨てられた美ぼうの侯爵令嬢は心優しい魔王様に溺愛されました

青空一夏@書籍発売中

第1話 幸せな毎日に突然の不幸、お母様は侯爵令嬢でした

「カトリーヌ、花束のラッピングをお願いできる?」


「はい、お母様」


 お母様がかわいらしく作った花束に、ラッピングをしていくお手伝いはとても楽しいことでした。今回は綺麗な包装紙を二枚重ねてクレープ包みをしてみました。花束を真ん中に置き、左下を三角形に上に折り、右下の端を持ち花束をくるむように包んでいくのです。


 花束のラッピング方法はいろいろありますが、花とのバランスを見て柔らかい包装紙に細かなひだを作るようにすれば、華やかな演出もできて一層花束が引き立ちます。色鮮やかなリボンを結ぶことで特別感も増し、きっとそのプレゼントを受けた人は心の底から微笑むことができるでしょう。


 そう、私の両親はフラワーショップを経営していたのでした。人々を笑顔にするこのお仕事を、私は誇りに思っていました。そして、いつも明るく楽しそうに働くお父様とお母様は私の理想でした。ふたりはとても仲良しで、私は愛のある思いやりに満ちた家庭で育ったのです。


 この楽しく優しい時間がずっと続くものと思っていましたが、お父様とお母様は流行病であっけなく亡くなってしまいました。悲しみに浸る暇もなく、私の伯父を名乗る男性がやって来て、私をとても大きなお屋敷に連れていったのです。



 屋敷の建物は、高い塔や優雅な柱で装飾され、贅沢な彫刻や美しいステンドグラスが窓を飾っています。貴族のお屋敷を初めて見た私は圧倒されました。床には美しい絨毯が敷かれ、煌びやかなシャンデリアが吊された大きな部屋には、伯父様の家族がいました。  


「庭師だった男なんかと駆け落ちをした恥さらしの妹の娘など、本当なら引き取りたくないんだが仕方がない。15才になるまではここに住まわせてやろう」


 伯父様は私にそうおっしゃいました。とてもお母様を憎んでいることがその表情からは読み取れます。


「全く、迷惑な話ですね。このような娘など施設に入れてしまえば良かったのですわ。モクレール侯爵家には跡継ぎ息子も可愛い娘もいますからね。平民と駆け落ちするようなふしだらなサーシャの娘なんて、私の娘と仲良くしてほしくないですわ」


「ふーん。だったら、俺が仲良くしてあげますよ。だって、こいつは凄く綺麗じゃないですか? 母上、こいつを俺の専属侍女にしても良いですか」


「あら、だったら私の専属侍女にしてください。ちょうど、一人辞めた子がいますもの」


 私の身体を舐めまわすように見てくる小太りの従兄はハーマンというお名前でした。ちなみに私と同じ年の女の子はニコルだそうです。二人とも意地悪な眼差しで私をジロジロと眺め、クスクスと笑っていました。


「侍女の仕事など無理ですわ。ろくな行儀作法も身についていないに違いありませんもの。美しかったサーシャに容姿がそっくりなところも忌々しいこと! どうせ、サーシャは平民と駆け落ちして、貧乏で惨めな暮らしをしていたのでしょうね。流行病で亡くなるなんてバチが当たったのですわ」


 モクレール侯爵夫人は侮蔑の表情を浮かべました。


「私たちは惨めな暮らしではありませんでした。お母様はとてもお父様に愛されて、いつも幸せそうに微笑んでいました」


 つい、私はモクレール侯爵夫人に反論をしてしまいました。お母様にバチが当たったなどと言われ、悲しくなってしまったのです。お母様は優しくて女神様のように綺麗でしたし、私をとても愛してくれましたから。


「本来なら、あなたのお母様は王族に嫁ぐことが決まっていたのですよ。サーシャは貴族の義務を放棄した自分勝手な女性なのですわ」


 私の祖父母は私が生まれる前に既に亡くなっており、伯父様が当主になった際に決めたお母様の嫁ぎ先は、20才以上も歳の離れた王族だったそうです。


「かなり年齢は離れていたが、あちらは公爵家で大層なお金持ちだったのだ。公爵家に嫁いでいれば流行病などにかからずに、今も生きており贅沢三昧の生活ができていたろうに。モクレール侯爵家が王族と縁続きになる光栄なチャンスでもあったのに、愚かな妹に裏切られ最期までこんな面倒を押しつけられるとは、なんてついていないんだ」


 私は伯父様夫妻から、お母様のことで何度も嫌みを言われながら、最後にはメイド用のお部屋に案内されたのでした。そこは低い天井と、狭い窓からわずかな光だけが差し込む、とても薄暗いお部屋でした。部屋は狭く、壁には使い古された暗い色の壁紙がはがれかかり、薄汚れています。掃除が行き届いておらず、塵が角にこんもりと積もっていました。ベッドと使い古されたデスクと椅子は、とても質素なものでした。


 お父様、お母様。なぜ、私を残して逝ってしまったの?


 ひとりぼっちの部屋で呟きながら、思わず涙がこぼれます。翌朝、私はとても朝早くメイド長に起こされました。


「いつまで暢気に寝ているんだい! 今日からあんたはメイドとして働くんだ。旦那様から、新しいメイドが入ってくるから厳しく躾けるように言われているのさ。さぁ、起きるんだよっ!」


 伯父様は私をメイドとして働かせるつもりで引き取ったのでした。

 

  

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