幼馴染以上恋人未満

つちねこ

ラブコメ短編作品

 僕、冬弥とうやには幼馴染の女の子がいる。お互いの家が近いこともあって仲良くなったわけだけど、その関係は高校生になった今でも続いていて、毎朝決まって僕の部屋に起こしに来るのが日課となっている。


 思い起こせば、小さな頃に朝が弱い僕をたたき起こしてすぐに遊びに行きたかった凛華りんかが、うちの母さんから許可を得たことが始まりだったと思う。


 僕としては可愛らしく成長した幼馴染が毎朝起こしに来てくれることは嬉しいのだけど、いつか凛華に彼氏が出来たりしてこの関係が疎遠になってしまうかもしれないと考えるとちょっと悲しくなる。


「もう! 今日も全然起きる気ないんだから。冬弥は私がいないとダメね」


 そう言いながら、僕の寝ているベッドにいつものように乗っかってくる凛華。


 ちなみに今では合鍵を渡された凛華が堂々と玄関から入ってきて、なんなら朝食も一緒に食べて行く。


 というか、母と一緒にお弁当も作っているので昼食の中身は僕とまったく同じだ。どれだけ母さんと仲が良いんだか。


「冬弥、朝だよ! 遅刻しちゃうんだからね」


 そう言いながら、僕の布団の上で馬乗りになって僕の頬っぺたをうりうりといじったり髪を触ってくる。「寝てる冬弥はこんなに可愛いのに」とか「今朝も冬弥成分をいっぱい吸収しないとね」等と言いながらくっついてくるのだ。


 もう慣れてしまったのだけど僕の幸せに満ちた朝はこのようにスタートする。実際のところ凛華が部屋に入ってくる頃には目が覚めているのだけど、この幼馴染との触れ合いタイムを楽しみたいがため狸寝入りをしているのは内緒だ。


 二人の関係を問われるとするなら幼馴染以上恋人未満というのが正しいところ。好かれていると思っているけど恋人ではない。僕自身この関係性を崩したくなくて、現状キープという我ながら情けない状況に甘んじてるのだ。


 そんないつも通りの朝だと思っていたのだけど、何かが違うと思ったのは凛華の姿を見た時だった。


 僕に跨るようにして制服姿の凛華が首をコテっと傾げている。耳に掛かっていた髪がするりと落ちて僕の鼻をくすぐってくる。寝起きからドキっとするほど可愛らしい幼馴染に感謝しよう。


 っと、問題はそこではなくて、不思議なことが起こっていたのだ。なぜなら凛華の頭の上によくわからないハートマークとそのマークの中に数字が書いてあるのだ。僕はまだ寝ぼけているのかもしれない。


 まるでゲーム画面のように、ハートと数字の98が浮かんでいる。えーっと、これはいったい……。


「お、おはよう、凛華」


「どうしたの驚いて。可愛い凛華ちゃんに見惚れちゃったかな?」


「そ、そうだな……」


「そ、そうだなじゃないよ。恥ずかしいじゃない! もうっ、もう!」


 そう言いながらバシバシと布団越しにボデイブローを入れてくる。地味に痛いというか、すっかり目が覚めていくというか、これが夢でないことを理解させられる。


「98点……これは結構高いよな。というか、ほぼ100点だろ」


「何寝ぼけてるの? 夢の中でテスト結果でもよかった? ほらっ、早く起きて」


 僕の手を引っ張って上半身を起こすと、凛華は立ち上がって窓のカーテンを開けていく。朝の日差しが眩しくて目を細めるものの、凛華の後ろ姿からは相変わらずハートマークと98点がそのまま見えている。


 もちろんこんなものは昨日まで見えていなかったし、これが何を意味するのかも全然わかっていない。


「サンプルが少なすぎる。母さんを見て確認するか……」


「朝食の準備もうすぐ終わるから冬弥も早く着替えて降りて来てね」


「あ、ああ。わかった」


 しばらくして、リビングに行くとキッチンでは母さんと凛華が仲良くお弁当におかずを詰めていた。今日のお弁当はオムライスか等とは考えていなくて、僕の視線は母さんの頭の上にくぎ付けになっている。


「48点……」


 微妙な点数だな。愛する我が子が48点でいいのか母さんよ。


「冬弥、何か文句あるの? お弁当見て点数言うとか、あなたどんだけ失礼な子なのかしら。せっかく凛華ちゃんが手伝って美味しいお弁当を用意してくれてるのに!」


「ち、違うよ」


「と、冬弥、お弁当、迷惑……だった?」


 何かを勘違いしている48点の母さんとすごく悲しそうな顔をしている98点から97点にポイントの下がった凛華。


 この点数、下がるのかよ……。ちなみに、怒った母さんの点数はどんどん下がっていき42点でようやく止まってくれた。これ以上下がるとどうなるのか考えるだけでも恐ろしい。


「そんなことより早く朝ごはん食べようよ。せっかく凛華が作ってくれた美味しい料理が冷めちゃうよ」


「美味しい料理? わ、わかってるじゃない冬弥」


 納豆に味噌汁と半熟のハムエッグに醤油が少しだけ垂らされている。僕好みの和風仕様に準備されている朝食メニューに感謝しかない。


「美味しい?」


「うん、美味しいよ。いつもありがとう凛華」


 ピコン! すぐに凛華の数字が98点に戻っていく。点数が上がる時だけ音が鳴る仕様らしい。もちろんこの音は僕以外には聞こえていないようで誰も反応していない。


 それにしても幼馴染がちょろすぎて少しだけ心配になる。お前、こんな簡単に点数を上げてしまうのか。他の奴にも高い点数上げてるんじゃないだろうな。うーん、ハムエッグ美味しい。


 いろいろと考えてみた結果、これは僕に対する評価なのだと思うことにした。しかも僕の態度や言動によってリアルタイムに変動していく。


「ねぇ、冬弥ってば」


 登校中の生徒の点数を見ると43点、38点、46点。僕のことを知らない生徒だと思うから当たり前だけど、単純に興味がないということなのだろう。だいたいの人が不機嫌な母さん並に点数が低いということがわかった。


「ねぇ、聞いてるの?」


「あっ、ごめんごめん」


「さっきから他の女の子ばかりじろじろ見て何なの」


 凛華の点数は下がりはじめるものの95と96を行ったり来たりしている。イライラしていても、そんなに点数の下がらない幼馴染が可愛い。


「ふむ、よしよし」


 気づいたら僕の手は凛華の頭を撫でていた。


「ちょっ、な、何するのかな。前髪は触らないでよね」


 前髪に触れなければ、そのまま撫で続けよとのお達しがでた。にまにまと目を細めては頭を突き出してくる凛華。まったくお前は猫か、猫ちゃんなのか。


 何だかちょっとずるい気がするのだけど、これは僕たちが幼馴染から一歩踏み出すために神様が与えてくれたチャンスなのかもしれない。


 この点数が見える限り、二人の関係が崩れる心配はいらないのだから。


「いつもお弁当作ってくれてありがとうな」


「な、何かな、急に。いつもは何も言わないくせに」


「何だか今日は凛華が可愛いから僕も本音が出ちゃうみたいなんだ」


 ピコン! ピコン! 点数が上昇していく。


 でも伝えたいのは感謝の気持ちではない。小さな頃からずっと思っていたこと。


 僕が辛いときには黙ってそばに居てくれる凛華。嬉しい時に一緒に喜んでくれる凛華。いつも近くにいてどんな些細なことでも一緒に悩んだり笑ってくれた凛華。


 ずっとずっと凛華のことが大好きだった。ずっとずっと言えなかった。


 でも、それは今日で終わりにしよう。僕の頭の上に数字があるのならば今間違いなく目の前にいる凛華は100点なのだ。


 だから僕のこの気持ちを凛華に伝えようと思う。




「あ、あのさ、凛華……」





 ピコン!


 その瞬間、凛華の数字が100点に変わった。

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