008 逃亡 その2
午前四時を過ぎ、命数が回復した俺は秘密基地をあとにした。
そうして山中の森を歩いて行く。
駆けていくことはできない。学校の上履きはソールが貧弱で安定感がないし、そのせいで転んで怪我をすれば歩けなくなる。
そもそも森の中を走ったところで子供の体ではどれだけ距離が稼げるかわからない。逃走には歩き続けることが肝心だった。
(キノコは避ける)
足元に食べられそうなキノコを見つけるが、食べるのは避ける。
食用と非食用の区別が俺にはつかないからだ。
特にこの世界にはモンスターとかいう謎生物がいる。それに適応して生態系も前世のものとはだいぶ違っていた。特に毒性の部分が。
(虫は……バッタとかクモはいけるか)
インターネット動画サイトで、野食系とかいう、野外の昆虫や魚や草なんかを食べていた人々を思い出しながら、彼らが食べていたものを獲得していく。バッタや蜘蛛、雑草に見えるが食べられる野草などだ。
容器は秘密基地から持ち出した虫かごがあったので、それを使って、虫を捕まえていく。
もちろん共食いしないように手足をもいでおく。時間が経てば糞出しなども終わるだろう。
(……水は、どうするかな)
動画の知識は入っている。方法はいくつかあった。とはいえ、今は昼で、喉が乾いている。
先程はすぐに移動しなければならないために、朝露を集めて飲むなんて暇はなかった。
(そうだな。川で、濾過を試すか……)
容器は山中に捨てられた、汚れたペットボトルや空き缶を見つけてインベントリに確保してある。
ペットボトルがあれば水を持って移動できるし、火もすぐに作れるだろう。
立ち止まって、息を吐いた。
「動画様々だな」
孤児院の飯がマズいためにいろいろタンパク質の取得方法を考えた結果と――なお女子であるサーシャと一緒だったために虫は食べていない。サーシャと食べたのは小川でとった魚やカニ、エビなんかだ――秘密基地でどれだけ有用に過ごせるかを考えた結果とはいえ、知識は身を助けるとはよく言ったものか。
(あとは……一日でどれだけ移動できるか、だな)
コンパスがほしいな。
太陽の位置は常に意識しているが、山中かつ森の中であることを考えればあまり当てにはならない。
「東京に向かってるけど、間違えて他の県に向かってたら怖いよな」
呟く。独り言が多い気がする。あ、いや、そうか。
「俺って、バカかよ」
ふぅ、と息を吐いてから俺は周囲を見渡した。なんでもいい。なんでもいいから羽のついている昆虫。
「お、いた」
歩きながら木々を確認していれば、ミンミンとうるさく鳴くセミを発見する。素早く近づいて捕獲。そうして手に魔力を伝わらせる。
「
刻印から発せられた魔力が浸透し、セミの支配を完了する。そうしてからそいつを空に飛ばす。
あとは感覚共有で視界を共有すれば完璧だ。
「よしッ! 俺がすべきこと、完全に理解したわ。っぱ、テイムって最高じゃん?」
雷魔法なんか取得してたら遭難して完全に終わってたぜ。
俺のテイム枠は三つだが、一つはサーシャで埋まり、もうひとつは今のセミ。残っているのはあとひとつだ。
余らせる必要はない。俺はもう一匹セミを確保すると周辺の警戒に飛ばすことにした。
安全の確保された秘密基地周辺から結構歩いた以上、俺にとってはここは未知の場所だ。
鹿でも猪でも遭遇したら死しかない。
野生動物は恐ろしいのである。
◇◆◇◆◇
セミを使って見つけた川で休憩をとることにする。
大小様々な石が転がる川辺だ。また、周辺には木々が連なっている。
上空からセミで監視して、クマだのイノシシだのがいないことも確認しておいた。
「ここって魔物は、いないのか?」
わからなかった。しかし考えていても仕方がないので、セミでの警戒を密にしながら手早く作業を済ませることにした。
俺は川辺の石と、道中に拾っておいた乾いた枝でかまどのようなものを作ったあと、ペットボトルをレンズのように使い、太陽光を利用して火を作る。
この作業も、サーシャといるときにやっていたので初めてではないからそれなりに手早くできる。
次に空き缶を石で切り裂いて加工し、簡単な鍋として使えるようにする。
あとは空き缶を川の水でよく洗ったあとに、改めて川の水を入れて、火にかけた。
これで沸騰すれば水が飲めるようになるはずだ。
川の水はそのまま飲むことはできない。清潔ではないのだ。
上流で動物なんかが糞をするために寄生虫の卵なんかが流れているし、子供の身体で生水に当たると結構やばいと思う。
「あとは、なんだっけか。この世界だとアメーバ型の魔物なんかが紛れ込んでる可能性があるんだっけか」
体ステータスが低い場合、煮沸しないと腹から食い破られるらしい。
だが火が作れたので、とりあえず煮沸すればそういう魔物も死ぬから飲めるだろう。
「もうちょっとでかい鍋がほしいが……ペットボトルは、いいか。缶だな」
小さい缶でできる水はそこまで多くない。
ペットボトルを鍋代わりか……。
動画でやっていたが、水が入っていれば火にかけてもペットボトルが融解することはないらしい。
だけど、プラスチックは100度以下でも変形するために、溶かさず鍋にするには少しの工夫が必要だとかなんとか。
ただ、さすがにそこまでペットボトルに余裕はない。
ペットボトルを鍋にすると、飲み水を入れるペットボトルがなくなってしまう。
「つか、インベントリ整理すべきか」
俺のインベントリ枠は13だ。薪だのペットボトルだの、鍋代わりの缶だのと現状、枠を使いまくっている。
もちろん出発する前にいらないものは捨てて、着替え袋やランドセルに細かいものは突っ込んで枠の確保を行ったが、枠2つを埋めている使わない
それは空き缶拾いで手に入れた『スキルマスターの書×3』に『覚醒の実×1』だ。どちらも魔法刻印の構成要素を限界まで成長させたときに使うアイテムらしいが、現在使えないアイテムである以上、ゴミでしかない。
アイテム名と効果説明から好感度最大で使えたエンゲージリングと同じくとんでもない効果を秘めてはいるんだろうが、これらを使えるまでには果たしてどれだけの時間が必要なのか。
「それともこういうアイテムって案外……簡単に手に入るのか?」
刻印内のインベントリ情報を見つつ、虫かごからバッタや蜘蛛を取り出し、鋭い枝をぶっ刺して火にかけていく。
糞出しは完全ではない。だが、腹が減っていたのだ。
そして寄生虫が怖いので、よく焼いておく。
あとは先程川辺で捕まえた小魚なんかも焼いていく。
素手で捕まえたのではない。インベントリの中に100均で買った網が入っているので小魚ぐらいは簡単に捕まえられるのだ。
ふぅ、と息を吐いて靴を脱ぐ。
「足の裏が痛いな。流石に」
貧弱な上履きのソールでは山中を歩くのはきつい。
「はぁぁぁぁ。裸足の方がマシかもしれないが、裸足も怖いしな」
裸足だと誰かが捨てた釘やちょっと尖った石なんかを踏んだら終わるのだ。
ああ、まともに山を歩ける靴の確保も考えなければならないのか。
そんなことを考えている間に、焼けたバッタだの蜘蛛だのを火から離して、ランドセルの中に入れておいた塩の小瓶を取り出して、塩をふりかける。
秘密基地での生活がマジで役に立っていた。
(サーシャ、ありがとな)
サーシャにいいもの食わせたいっていう俺の欲望が今、俺を助けてるよ。
誰かを助ける行動が巡り巡って自分に帰ってきたって感じがするわ。
そんなことを考えて現実逃避しつつ、焼けた虫を手に取り、口に運ぶ。
「まずくは、ない……」
塩っからい味のあと、舌に広がる妙な味。
とはいえ空腹は最高のスパイスなのか。そこまで悪いものではない気がする。たぶん、おいしい。たぶん。
目をつぶって食べればよかったかも、なんて考えながら虫を食い終わったら、魚をバリバリ食べていく。こっちは普通に美味しい。普通に。
「あとは水を確保して……ッ」
「あれは猪、か……?」
まだ距離はあるが、こちらに近づいてくる。
魚の焼ける匂いに反応されたのかもしれない。
俺は缶の小鍋に湧いたお湯をペットボトルに移すと、火の始末をしてからすばやく移動することにした。
◇◆◇◆◇
こうして始まった逃亡生活だが、一週間にもなってくると、余裕も出てくるようになる。
動画で見たサバイバル知識を利用して、食料や水を確保する。
地図帳に書いてある魔物発生地域をうまく避けつつ、人がかつて住んでいただろう廃墟地帯などを見つけ、空き家を使って一晩の宿を確保する。
蘇生地点の変更はもちろんそのときに行う。死んでもこれで秘密基地スタートを避けられるからだ。
「ううむ」
見つけた廃屋に入り込み、地図帳を見ながら、逃亡生活の中で拾ったちゃんとした鍋で煮た、魚と野草のスープを飲みながら唸る。
「学園都市に向かうには、どうしても
荒野――所謂モンスターが発生する危険地域。魔境のことだ。
そこはさすがにセミを囮に避けられるものではないし、たぶんだがモンスターに見つかったら即座に殺されるだろう。
孤児院でのサーシャと美女の戦いを思い出す。
様々な要因があってにせよ、レベル1のサーシャでアレなのだ。命以外のステータスが0の俺が魔物と正面から戦う選択肢は持てない。
「とはいえ、手元に魔物図鑑もないし……
魔法刻印に意識を移す。
俺の魔法刻印には、スキルをセットできる枠が一つ空いている。
スキルの2枠目はずっと空けていた。取得すれば楽に暮らせると思っていながらも、ずっと放置していた。
もちろん、そこにはどんなスキルがこの逃亡生活に有効かわからなかったのもあるが、魔物なんかがいる世界なのだ。
こういう詰んだ状況が来るかもしれないと、あえて取得せずに空けておいたのである。
(けして選ぶのが面倒くさかったわけじゃないぞ)
魔法刻印が提示してくる、現在取得可能なスキルリストを見ながら、状況の打開にはなんのスキルが有効かを考える。
俺はテイムの魔法刻印の持ち主だが、テイム関連以外にも、この取得できるスキルは多岐にわたっていた。
ステータスアップだとかダメージアップだとかのステータス関連のスキル。
剣術や体術、属性魔法や強化魔法などの攻撃関連のスキル。
生活魔法や料理スキルなどの生存力向上のためのスキル。
あとはテイム関連。好感度の利用方法や隷属強化、テイム数の拡大などなど。
取得できるスキルの数は無数に存在する。
だが俺はそれらの華々しいスキルから目を逸らし、地味目なサポートスキルが存在する項目に目を向ける。
「……こいつ、だな」
俺の意識の先には、なんの主張もせずに、ひっそりと、この状況に相応しいスキルが存在していた。
――『
「こいつしかない。スキル特性『魔物知識』を取得して、レベル1、ステータスオール0でも殺せる魔物を見つけてレベルアップする」
そうでなければ……俺はこれから先、どこにも行けないままに、死ぬことになる。
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