005 サーシャのステータス その2
サーシャのステータスに書いてあるゴトウの姓は孤児院で貰った名字だ。俺と同じ名字でもある。
これは親が不明な子のために、暫定的に与えられた名字である。院長先生の名字という奴だな。
前世の日本ならほとんどありえないことではあるんだが、この世界は普通に魔物とかがいるので、一家どころか一帯まとめて親が食われてて、誰が誰の子供か不明な状況があったりするのである。
「しかし嘘を見抜く、ねぇ」
テイムしたことで獲得可能になった聖女の魔法刻印をサーシャは身につけていた。
というかテイムしたときに俺がサーシャの生得魔法刻印を発生させた。
刻印が
なお、サーシャの魔法刻印の位置は背中で、刻印の紋様は巨大な十字架だった。
サーシャが恥ずかしそうに見せてくれたが俺のと違ってすごい豪華そうに見える。神々しさすら感じるほどだ。
ちなみに俺の右肩にある
ハートは深度成長で増えた装飾で、最初は棘付き首輪だった。
ただの首輪じゃなくて棘付きってのが実にテイムっぽい刻印である。
(なんか世紀末のモヒカンが入れてる入れ墨みたいだけど……)
そんなことを考えている俺の隣でサーシャがぶつぶつと愚痴を言う。サーシャの魔法刻印が持つ力の一つ、『虚偽感知』についての愚痴だった。
あのねあのね、とサーシャがすがりついてくる。
「みんな、みんな嘘つきなんだよ? 男の子も女の子も私のことが好きなはずなのに、口だと嫌なことを言ってきて、気持ち悪くて、臭くて、臭くて、嫌な気分になる。私のことが好きならセイメイくんみたいに好きって言ってくれればいいのに」
「サーシャが可愛すぎて、気後れしてるんだろ。気にすんなよ。可愛いサーシャが俺は好きだぜ?」
うん、俺は好きだよ。俺を好きなサーシャが好きだからな。
というか前世があるから女児に好意を示す程度なら気恥ずかしくもない。
あとサーシャに関しては既に諦めている。
そのうちテンプレ展開で間男に寝取られるか、金持ちで地位もあるイケメンとくっついて俺から離れるだろうと思っているのだ。
だから、好かれているのは今のうちだから、という感覚が強いため、好意を示すのにためらいはない。
どうせ好かれてるのは今だけなのだ。いつかいなくなるなら今を楽しみたい。
「セイメイくんは、嘘つかないよね」
「つく必要がねーからな」
とはいえ、だ。
――サーシャの能力は嘘に対して嫌悪を抱くが、生きるのに嘘は悪いことではない。
そもそも人間は嘘をつくが、動物だって嘘をつく。大人が言う、動物は嘘をつかないなんてのは欺瞞である。
動物の中には群れの仲間から食料を隠す個体や、番を見つけながらも浮気する個体がいる。
昆虫もそうだ。擬態だの擬死だの、そういう生態としての嘘がある。
とはいえ、このレベルの嘘までは聖女も感知してないだろうがな。
虚偽感知と言いつつ、ある一定の閾値というものがあるんだろう。
なければさすがに生きていけなくなる。植物だってなんだって生きている限りは擬態する。
話を戻すが、動物や植物が嘘をつく以上、もちろん人間だって嘘をつく。
動物や昆虫よりも単純で、複雑な嘘をだ。
嘘をつかないこともできるが、一般的に嘘をついた方が得な状況なら嘘をつく。
俺だって例外じゃない。嘘をつくことは可能だ。だがまだこの人生では一度もついていない。
それは別に嘘が悪いことだと思っているからじゃない。
俺が嘘をつかないのは、嘘をつくほど追い詰められたことがないのと、嘘をつかない方が徳だからでしかない。
「生まれてから一度も嘘をついたことないセイメイくんは、全然臭くない。むしろいい匂い」
俺にくっついてすんすんと鼻を鳴らすサーシャ。
(すまんな。サーシャ。俺ってワルい奴なんだよな)
俺は嘘をついていないが、本当のことを言っているわけではない。
漫画とかでよくある『嘘はついてないだけだ』って奴だ。
俺がやってるのは何も言わないことで勘違いさせたり、本当のことを絶妙なタイミングで会話の中に差し込んで誤解させるといったものだ。
人間が言葉で意思疎通するから発生する現実のバグみたいなものを利用しているのである。
もちろんこれは別にサーシャに虚偽感知があるからやっていたわけではなく、俺が空き缶拾いなどの行動をするのに有利な状況を作るためと、あとから俺が嘘をついたわけではないと言い訳できる余地を残しているだけに過ぎない。
(思ったんだが、この虚偽感知って聖女スキルには穴があるなぁ)
だからサーシャが騙されて間男にひっかかる可能性は十分にあった。
ステータスのあるゲームっぽい世界に、ヒロインっぽい幼なじみの美少女。
そして穴のある虚偽感知とかいう謎の力。
(あーあー、早々に魔法刻印ゲットしたけど全然安心できないぜ。この世界ってどういう転生世界なんだよ)
俺は何の世界に転生したんだ、という絶対に解明できない疑問が浮かんでくる。
他の転生者がいればこの世界の『原作』を知ってるんだろうか。
「むー、むー」
俺がぼうっとそんなことを考えていれば、自分の話に集中してないと思われたのかサーシャが身体をぐいぐいくっつけてくる。抱き合って、背中をぽんぽんと叩いていれば女児めいたミルクくさい甘い匂いが漂った。
(そもそもサーシャは魔法刻印取得前に虚偽感知のみは持っていたってのもな)
なんなんだろうな。生得の魔法刻印だから、力が漏れ出てたのかな?
サーシャのステータスを思い浮かべる。
(聖女ってのは、なんなんだ? 特攻と耐性のバフ能力。この、邪神ってのがこの世界にいるのか?)
聖女の魔法刻印を得る前にサーシャが他の刻印を刻んでいたら、聖女の魔法刻印を得るときに、その刻印を塗りつぶしていたのだろうか?
それとも聖女の魔法刻印は一生目覚めないままだったんだろうか。
強力なスキル特性が並ぶサーシャのステータスを眺めながら、俺は息を吐いた。サーシャが胸の中から俺を見上げてくる。
「サーシャは可哀想だな。周囲全部が臭いんだろう?」
嘘をつかれることなんて日常では当たり前だから、俺は嘘をつかれたこと自体は辛いとは思わない。
そもそも人間の中には嘘を嘘だと思ってついていない人間もいる。勘違いとうろ覚えだな。こんなものだってあるんだ。全部が全部嘘だと思っていたらやっていられない。
例えば嘘がない世の中にするのはどうすればいいのか考えてみる。そうだな。人類全員が絶対記憶能力と、それなりの理性を持つこと、そして記録と訴訟が簡単になることが必要かもしれない、かな? だけど、そんな世の中は絶対にこない。金も手間もかかりすぎる。そして人間はそこまで真面目ではない。
嘘をどうにかすることはできない。サーシャをそういう面で助けてやることはできない。
そもそもが嘘なんて、正直些細なことすぎてどうでもいい。
問題。そう、問題の本質はサーシャが悪臭に悩まされている点だ。
この問題を俺がどうにかすることは……できない。
俺にそんな力はないのだ。
そう、だな。これはきっとサーシャと将来結婚する奴がなんとかする問題だ。
――俺は、問題の解決を先送りした。
「セイメイくん……」
「俺に解決は無理だけどな。話を聞いてやることはできるから」
サーシャを抱きしめながら、頭を撫でてやればサーシャは嬉しそうに、俺を強く抱きしめてくる。
ぎゅうぎゅうと少しだけ膨らんできた薄い胸を押し付けられた。
「辛いけど……ううん! セイメイくんがいるから大丈夫! 私、セイメイくんとずっといっしょにいるから。ずっとずっと。だからね。本当に全然平気なの。だってセイメイくんはいい匂いがするから。私は、あんな臭い子たちがいる孤児院でも、安心して暮らせたの」
そうかい、そりゃよかったな、と言いながら俺は(あ、そうだ。ついでに)と魔法刻印の機能の一つであるインベントリを起動する。
――
この機能はスキルとか魔法とかじゃない。全ての魔法刻印が持っている基本機能だ。
効果は文字通りだ。アイテムというか、物質をなんでも入れられる倉庫である。
便利だ。ただ、アイテムを入れられる枠数はそんなに多くなかった。最初は10。そして空き缶拾いの報酬で拡張して13だ。
だから外で活動して服が汚れたときのための着替えとか、教科書の詰まったランドセルとかを入れておけばそれで終わり。
その中に俺はいくつか特別なものを入れて、その中から取り出すのはその中の一つだ。
アイテム名『エンゲージリング』。空き缶拾いの報酬アイテム。『好感度100のキャラクターに渡すと……』となんて意味深な文字がインベントリに『アイテム』を入れると読めるアイテム説明欄に書かれていたアイテムである。
このエンゲージリングとやら、男女関係なく条件を満たした人間に渡すと効果があるようだが、名称が名称なので、俺としてはどんなに強力なアイテムでも男には渡したくはない代物だった。
「あ、そうだ。サーシャ、これやるよ。空き缶拾いで貰った奴。好感度100記念だし、サーシャにこれから良いことがたくさんあればいいと思ってさ」
嘘ではない。
ただし真実でもなかった。
ここでサーシャに指輪を渡すのは、この指輪が当分使う当てもないアイテムだからだった。
あとついでに指輪の効果の判別と、インベントリの枠空けのためもある。
インベントリは13枠しかアイテム枠がないのに、成人してから恋人に渡すようなアイテムをずっと持ってても便利なインベントリ枠が潰れるだけでメリットが薄い。
とはいえそれらを正直に口に出すのはノンデリカシーなので、口実もまた
これで通じちゃうから、サーシャの虚偽感知って役立たずのクソ能力だよな。
(んん……あー、このアイテムってエンゲージリングだよな。婚約? これって婚約なのか? 将来の寝取られ率が高まるのか? いやいやいや、大丈夫だろ。指輪っても、ただのアイテムだし……結婚の約束とかした覚えないし、そもそも幼い頃の約束なんて、どうせ忘れるからノーカンノーカン)
エンゲージリングって名前がついているが、婚約指輪って言わなきゃちょっとした装飾のついた指輪でしかないと割り切って渡してしまう。友チョコみたいな感じでいけるだろ? なぁ?
しかし俺に指輪を渡されたサーシャの目が大きく見開かれた。
そうして俺を見てから「い、いいの?」と聞いてくる。親友にプレゼントを渡すのだ。良いも悪いもない。俺が問題ないと示すようにこくりと頷くと、サーシャは嬉しそうに指輪を抱きしめてから、それを左手の薬指に身に着けた。
左手の薬指? んんん?
「おいおい、なんで左手の薬指?」
「え? あれ、なんでだろ。なんか、導かれるようにって感じで?」
「えええ? そうなの?」
「左手の薬指だと駄目なの?」
「え? あー? 駄目、じゃない、よ?」
そもそも左手の薬指に意味があるのは前世であって、この世界の風習とか全く知らなかった。それに将来に不安を感じるものの、ちょぴっとだけ嬉しいのは確かなので駄目じゃないのは嘘ではなかった。
しかし婚約指輪とか俺は一言も言ってないのにサーシャは的確に指輪を左手の薬指に身につけている。アイテムの効能なんだろうか?
それに驚くべきことに空き缶拾いの報酬にしては破格の魔法の効果がついていたらしく、それはするするとサーシャの指のサイズに収まっていく。
(魔導具って奴なんだろうな。そもそもあの空き缶拾いってなんなんだ)
本物の指輪が手に入るのは、空き缶拾いの報酬としては場違いすぎて、奇妙な気分だ。
あれは現実的じゃないっていうか。ここが何かの物語の世界みたいに思えてしまう。
――【サーシャ】の好感度が『誓約』に達しました。『親愛Ⅴ』を獲得しました。
魔法刻印から響く脳内アナウンス。
俺は確認のためにサーシャのステータスを眺めて、びっくりすることになる。
――――――――――◇◆◇――――――――――
◆ステータス(残ポイント:10)
力:0(+20)*1.2 体:0(+20)*1.2 器:0(+20)*1.2
速:0(+20)*1.2 命:0(+2)*1.2 神:0(+20)*1.2
知:0(+20)*1.2 魔:0(+20)*1.2 精:0(+20)*1.2
感:0(+20)*1.2 運:0(+20)*1.2 魅:0(+20)*1.2
――――――――――◇◆◇――――――――――
(うぉ、やば……)
俺がサーシャのステータスを眺めてる間にも、サーシャは嬉しい嬉しいと俺に抱きついて、最近ちょっと膨らんできていた胸を押し付けてくる。
そのうえ首やら頬やらに唇やらに拙いキスの雨をサーシャは降らせてくるが、俺としてはうわぁと思うしかない。
サーシャのステータスの横のこれ、つまり全ステータスが1.2倍ってこと、か?
いや、待てよ。指輪渡してステータス全部を強化とか、なんか、こういうゲーム、前世でたまに見たことあったな。
(ソーシャル系とかブラウザ系のゲーム……かな?)
この世界ってそういうゲーム世界かよ!? と口には出さずに内心で全力突っ込みをしてしまう。幼なじみ寝取られラノベかと思ってたよ!
あー、ゲーム世界だから人間にステータスがあるわけか? だから現代日本風の街並みなのに、ダンジョンに、魔物とかいるわけか?
サーシャはじゃあ、ゲームのキャラクターか? こいつの魔法刻印は特別だ。特級の美少女でもある。
確定したわけではないが……そういうこともあるかもしれない、か?
と、考えると同時にほっとした。
渡したリングがゲームのアイテムなら実際の婚約じゃないからだ。法律とかそういうものの関係ではないだろ……たぶん。
(法的な拘束力の発生する婚約じゃないから、サーシャと結婚しなくていいんだよな?)
ゲームとかで婚約してもプレイヤーとキャラクターとの関係は変わらない。
結婚しましたの報告もないし、セリフが2つか3つ追加される程度だったはずだ。
というかこの世界はどうだか知らないが、ゲーム次第では男女に贈れるアイテムだから、このエンゲージリングって親友に渡せるアイテムぐらいの感覚でいい気がする。
「なんだよサーシャ。指輪一つでそんなに嬉しいのかよ」
「うん! うん! すごく嬉しい! なんかよくわかんないけどすごく!!」
サーシャは大喜びだ。キスの雨を降らせてくるし、なんなら唇にも合わせてくる始末だ。前世の記憶がある俺でもサーシャほどの美少女にやられればさすがに気恥ずかしさはあるし、あわよくばの欲も(ロリコンではなく、同年代の美少女に対する欲)出てくるが、精通すらしてない九歳の肉体じゃあこれ以上は何もしようがない。
それでも結局、サーシャはその日、満足することはなく、一日中俺にくっついていた。
日がそろそろ落ちそうになったと判断した俺は、興奮した様子のサーシャを抱きしめつつ、孤児院へと帰ることにした。
――そこで、この生活のすべてが終わることも知らずに。
◇◆◇◆◇
TIPS:知能ステータス
魔法、知識系統のスキルの取得条件や威力に関わるステータス。
また知能ステータスを上げることで記憶力や発想力、計算力、学習能力などが上昇する。
ただし知能ステータスが高いからと言って確実に賢くなるわけではない。個人差は確実に存在する。
知能ステータスが20もあれば、例え幼い頃に交わした口約束だとしても一生涯忘れることはない。
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