第4話 祭り
祭りと言うから、どれほど盛大なものなのだろうと思っていたら、それは村で唯一の食堂で行われていた。ソフィアの故郷の基準で言えば宴会と言ったほうがふさわしいだろう。
祭りの会場には既に大勢の村人たちが集合し、各々が会話を楽しんでいるようだった。会場の前方には何やら、打楽器のようなものが運び込まれている。どのような演奏が始まるのだろうかと思っていると、隣に立つハロルドが声を上げた。
「みんな聞いてくれ!」
会場は途端に静まりかえり、視線がソフィアの方へ注がれる。皆一様に怪訝そうな表情をしている。
「今日からしばらく、この村に住むことになったソフィアさんだ!」
ハロルドに紹介されると、ソフィアは小さく頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
腕の中にいるアルデンと目が合って、少しだけ心が落ち着く。
「ああ、昼間のあいつか」
排他的な
「どうも、みんな人見知りでね」
ハロルドはそう言うが、今のところこの村でソフィアに友好的に振る舞ってくれたのはハロルドと村長であるエリックの二人だけだ。
群衆の中から一人の男がソフィアのところへ向かってきた。ぎょろっとした目に丸みを帯びた鼻をしたその男は明らかに酔っぱらっている。
「あんた、故郷はどうしたんだ?」
男は開口一番、無遠慮に言う。
「魔族に襲われて、壊滅しました」
「そりゃ、災難だ」
心にも思っていないうわべだけの同情をみせる。
「まあ、この村は大丈夫だろうな」
続けて、男が言う。呼気からはわずかに酒のにおいがする。ソフィアはばれないように体をねじって、アルデンを男から遠ざけた。
「どうして、そう言い切れるんですか?」
「こんな辺鄙な村、魔族だって襲わないよ。あんたは豊かな村の出身だろ? その身なりからして」
下品な笑いと共に、ソフィアの全身を舐めるように見やる。
「村の裕福さは関係ありません」
ソフィアが学校で習ったことだ。
「ああそう。魔族も案外、頭が悪いんだな」
どこかでグラスの割れる音がした。それと同時に小さな悲鳴が聞こえた。故郷で聞いた断末魔とは似ても似つかない。どこか享楽的な悲鳴だ。
「いい加減にしてよ。何も知らないで」
漏れ出るような小さな震え声は次第に大きくなっていく。ソフィア自身にとっても、思いもよらなかった言葉が自らの口から放たれていく。
「この村は文明レベルが低いんじゃないの? みんな、みすぼらしい恰好をして! 家には扉だって付いてない。初等教育だって受けてないんでしょう?」
ソフィアは自分の口角が上がっていることに気づいてぞっとした。これほど差別的な思想が心の中に潜んでいたことが何より恐ろしかった。
「まあまあ!」
ハロルドが慌てて間に入る。
「ソフィアさんも大変だったんだ」
不快そうにソフィアのことを睨む男の肩を揉みながら、ひきつった笑顔で場をとりなす。会場が騒がしかったおかげで、ソフィアの言葉は目の前にいる男にしか聞こえていなかったのが幸いだ。
「ご、ごめんなさい」
冷静さを取り戻したソフィアは何度も頭を下げる。男はつまらなさそうに鼻を鳴らすとその場を去っていった。
「なんだかこんな風になってしまって、すまないね…… そうだ! とっておきのお酒があるんだ!」
ハロルドはあくまでソフィアと関わることで元気づけようとするスタンスを崩そうとしなかった。一人で落ち着ける場所さえあれば他に何もいらないのだとは言えなかった。
「ほら、このお酒! 銅貨30枚も
そう言って、ハロルドが木箱から取り出したお酒はソフィアも見覚えがあった。透き通った茜色の液体がガラス瓶に入っている。
「これはそれほど高価なお酒ではないと思うのですが、本当に銅貨30枚だったんですか?」
「え? そうだよ。この前来た行商人から買ったんだ。銀貨1枚と言われたけど、この村には銅貨しか流通してないから」
「銀貨1枚なら銅貨10枚ですよ」
「えっ? そ、そんな。だって行商人がそう言ってたし……」
ハロルドはしばらく思案顔で黙ったのち
「あ、あの禿じじい。騙したのか!」
といつもの朗らかさを捨てて、声を荒げた。
「お、落ち着いて」
今度はソフィアがハロルドのことをなだめる。
「貧しい村だから、なめられるんだ。ソフィアさんの言ってたことは正しいよ」
憤怒したかと思えば、今度は哀愁を漂わせて独り言を放つ。なんとも、情緒の激しい人だ。
「そ、それは本当にすみませんってば…… それより、この村は学校もないんですか?」
「ああ。だいいち、教えられる人がいない」
「あの、提案があるのですが。私が先生として学校のようなものを開くというのはどうでしょうか?」
ソフィアは、さっきのあまりに失礼な態度への贖罪の意味も込めて提案した。行く宛てがない以上、自分の居場所は自分で見つけなければいけない。
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