第145話 気配
「この先は森になっているから馬車はここまでだ! 食事休憩の後、各自荷物を再確認するように!」
エルネストの号令で邪神が封印されている森の手前で昼の食事休憩に入った。
開拓するメリットのない場所として、森の浅い場所であれば素材採取のために出入りする者はいても、大した素材は手に入らないと放置されていた半島だ。
その森に隣接する領地に到着した時は、領主には内密に遠征理由が知らされたため、泣き出さんばかりに安堵の表情をしていた。
そりゃあ自分の領地の真横に邪神が封印されているなんて知ったら、気が気じゃないだろう。
もしも邪神が復活したら、真っ先に襲われるのだから。
「ジュスタン! ここからは歩いて行くの? エレノアはお留守番?」
小川の水が飲める位置の木に
「いや。馬車が入るのは無理だが、馬であればまだ進めるからな。この先の地形によっては途中で待機させる事になるかもしれんが」
「そっかぁ! じゃあまだ一緒にいられるね!」
屈託なく笑うジェスに胸がチクリと痛んだ。
ジャンヌに聞かされた、ジェスの父親が邪神と同じ場所にいる事をまだ話せていない。
小説で読んだ邪神の手下のドラゴンはジャンヌではなく、ジェスの父親だったのだろうか。
ジェスの父親が実は邪神なんて事は……さすがにありえないよな?
「ここからはジャンヌも馬で移動になるが、ジェスはこのまま俺と一緒にエレノアに乗って行くか? それともジャンヌの馬に乗るか?」
聞きながら頭を撫でると、ジェスは嬉しそうにはにかんでから空を見上げて少し考え込んだ。
「えっとね、ボクお母さんと一緒に馬に乗るよ。その方が何かあった時にジュスタンがすぐに動けるでしょ? それに少しくらい離れていても、ジュスタンとなら念話でお話しできるもんね!」
少しの寂しさを覚えつつも、状況を正確に把握して最適な判断をしたジェスを誇らしく思う。
それに何かあった時、ジャンヌと一緒にいた方がジェスにとっては安全だ。
「そうだな。どうせジャンヌは第三騎士団と一緒に行動する事になるから、すぐ近くにいるのは変わらないしな。この先は何があるかわからないから、ジェスは自分の身の安全を第一に考えるんだぞ」
「うん、わかった!」
昼休憩が終わり、森へと突入する事になった。
ジャンヌは一人で馬に乗っているが、聖女はオレールの後ろにしがみついてる。
森に入ってしばらくすると、俺の隣で馬に乗っているジャンヌが、仕切りに周りを気にし始めた。
「どうした?」
「いや、魔素の流れが妙でな……。まるで森を境に結界を張られているように、緩やかだがあちらへと流れている」
そう言ってジャンヌが指差したのは、邪神が封印されていると
「という事は邪神が魔素を集めているのか?」
「それはわからぬ……。この森は弱い魔物しか出ないと聞いたが、邪神が復活するために森の魔素を吸収しているとなれば納得がいく。もしや……、あやつもそのための贄となっているのでは……」
「あやつ?」
「…………」
聞き返すと、ジャンヌは無言で自分の前に座るジェスに視線を落とした。
おそらくあやつとはジェスの父親の事なのだろう。
幸いジェスは初めて入る森の観察に忙しそうで、俺達の会話を聞いていなかった。
ジャンヌから聞いたジェスの父親は
もしかして小説に出てきた記憶がないのは、登場する前に邪神復活のための養分として吸収されてしまったからなのでは……。
悲しむジェスとジャンヌが容易に想像できてしまい、これまでにない焦りが生まれる。
落ち着け、本来の時期より早く討伐に来ているのだから、もしかしたら助けられるかもしれないじゃないか。
「お父さん……?」
突然ポツリとジェスが呟く。
「ジェスも感じたか」
「お母さん……。うん、ボクにすごく似てる気配がするよ。でも弱ってるみたいに小さい……」
「そなたの父は古竜だ。簡単には死なぬゆえ、そう心配せずともよい」
不安そうに眉尻を下げるジェスをなぐさめるように頭を撫でるジャンヌ。
心配するなと言っている本人がそんな顔をしておいて何を言っているんだ。
自分が泣きそうな顔をしている事に気付いてないのか。
「ここまで近づいた事で、場所がわかるようになったのか? だったら俺達だけで斥候として先行するように王太子に進言してくるぞ」
「あっ、ずりぃ! 行くならオレも行くぜ!」
俺達の会話に聞き耳を立てていたのか、シモンが間髪入れずに手を挙げた。
「ほほ、ならば主殿は
「いいよ! だけど、エレノアはどうするの? ボク達に乗るのは難しいと思うんだ」
「主殿の馬なら他の者に頼めばよい。妾であれば落とさず乗せる事も可能ではあるがな」
「待て待て! 先に王太子に許可をもらってからじゃないとダメだからな!? ちょっと待ってろ、話してくるから!」
密かにいつかは乗ってみたいとは思っていたが、物語でしか読んだ事のない
期待と不安を抱きつつ、先行の許可を得るべく前方のエルネストの元へ愛馬を走らせた。
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