第130話 みんなと一緒
「うぉっ!? 団長見てくれよ、あれ!! 新しい宿舎ができてるぜ!!」
聖女の一行と別れ、王城へと続く緩やかな坂道に出ると、シモンが指を差して叫んだ。
シモンが指差した第三騎士団の敷地方面を見ると、出発した時は壁だけだった見習い達の宿舎に窓やドアが取り付けられていた。
「中の家具も揃っているなら、もうすぐ見習い達もここに引っ越してくるだろうな。お前達、見習いをからかったり虐めたりするなよ?」
「そんな事しねぇって! むしろ団長の顔見て泣かれる心配した方がいいんじゃねぇの?」
ジロリとすぐ後ろの部下達を睨むと、シモンがヘラヘラと笑いながら言った。
「フン、俺の顔だけで泣くようなら騎士には向いていないという事だ。それとも俺の顔が魔物より恐ろしいとでもいうのか?」
「え……? 団長自覚ねぇの?」
「普通にしてる時はともかく、訓練中なんて新人
「…………」
そんなシモンとアルノーの言葉に内心傷付いた。
エリオット隊は後方にいるから今の会話は聞こえていないだろうが、そうか……そんなに怖がっていたのか。
無言になっていると、前に座っているジェスが俺を見上げて口を開く。
「ボクはジュスタンの顔好きだよ!」
それだけ言って満足したように鼻息を漏らして前を向いた。
ここが自室だったら思う存分撫でていたかもしれない。
そんなやり取りをしながら宿舎に到着し、馬の手入れが終わった者から宿舎に戻る。
「お帰りなさい。昨日従騎士の方が事前に知らせに来てくれたので、あと一時間もすればいつでも食べられますからね!」
玄関に入ってすぐにそう言ってきたのは料理長。
話を聞くと、宿舎に人がいない間は王城の厨房を手伝っていたらしく、一料理人という扱いで腕を振るえなくて悶々としていたそうだ。
確かにここの厨房でも料理長以外は焼き係とか、切るだけの係とか役割分担だもんな。
全体の味付けを決めたり、自由にやっていた立場からすると窮屈だったのだろう。
「皆宿舎の料理を恋しがっていたからな。いつもよりたっぷり食べると思ってくれ」
「お任せください!」
張り切る料理長を見送り、今度は執務室に顔を出す。
帰還の報告と、明日の謁見の申請を頼んで自室に戻った。
「あのねぇ、ボクお願いがあるの」
「ん? どうした?」
ジェスからお願いがあるなんて珍しい。
「ボク、ジュスタンの作った物が食べたいなぁ……。それで皆と一緒に食堂で食べるの」
ああそうか。さっきまではジャンヌと一緒だったが、また離れてしまったから俺達が食事している間は一人でいるか、俺達が食事しているのを見ているだけになるのか。
正直移動で疲れてはいるが、ションボリとしたジェスの顔を見てしまったら動かないわけにはいかない。
「わかった。材料自体は
「わぁい!」
パンを発酵させるドライイーストがないため、今は料理人達に任せている。
幸い王城の厨房でも今は柔らかいパンを作っていたため、引き上げる時に酵母はしっかりもらってきていた。
今から作ればギリギリ夕食に間に合うか。
筋肉量が多く体温が高めな俺が作ると、パン生地の発酵が早い。
普通のパンだけだと飽きるだろうと、中に何か入れようとしたが、ジェスに却下された。
どうやら普通の素パンの方が魔力を味わえるからだとか。
厨房から夕食の香りが漂う頃、俺の部屋からも香ばしいパンの香りが放たれた。
当然のように部下達が群がってきたが、今回はジェスのために作ったからと蹴散らし、作ったパンを持って食堂へ向かう。
そしてジェスはパンを三個持って部下達が食べているテーブルへ行くと、シモンの隣の空いていた席にちょこんと座った。
俺はその間に自分の分の料理を取りに行く。
「お、ジェスも来たのか。もしかして俺達と一緒に食べたくて団長に作ってもらってたのか?」
「うん! いつも皆楽しそうに食べてるでしょ? だからボクも一緒に食べるの!」
「そんなジェスのパンを欲しがるなんて、シモンってば酷いねぇ」
「ちょ……! お前らだって一緒に欲しがったじゃねぇか! なんで俺一人だけが欲しがったみたいになってんだよ!」
シモンはアルノーにあっさり裏切られ反論しているが、聞こえないフリをされているようだ。
「だけど自分達はジェスの分だって聞いたらすぐに諦めたのに、少しだけでもって食い下がったのはシモンだけですからね?」
「だよなぁ? シモンは酷い奴だなぁ、ジェス?」
アルノーだけじゃなく、マリウスとガスパールにまで言われている。
だが、ジェスはジッと自分が持っているパンを見てひとつシモンに差し出した。
「ひとつだけだよ?」
「ジェス……っ! お前はなんて優しいヤツなんだ! 愛してるぜっ!」
シモンはジェスに抱き着き、頬にチュッチュとキスをし出した。
俺は急いで近付いてトレイを片手で持つと、空いた手でジェスの頬を守る。
当然いきなり止められないシモンの唇は俺の手の甲に触れ、その瞬間シモンの動きが止まった。
「何をしている。ジェスに妙なマネをするんじゃない」
我ながら地を這うような低い声が出た。
その声を聞いてソロリと俺の手から離れるシモン。
「やだなぁ……、妙なマネなんて。ちょっと感謝の気持ちを表しただけだって……」
トレイをテーブルに置いてハンカチを取り出し、これみよがしにジェスの頬と俺の手の甲を拭いてやった。
ジェスが
シモンをひと睨みしてから食事を始めたが、ジェスの嬉しそうな顔を見ていたら怒りが収まった。命拾いしたな。
後にシモンは仲間に語ったそうだ。
柔らかな感触から厳つい感触に変わった瞬間、死神が見えた……と。
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