第112話 A級冒険者アラン

「俺が騎士団長だが、何か用か?」



「俺はアラン、A級冒険者でこの町の冒険者のまとめ役だ。あんたらに言っておきたい事が……」



 一瞬アランの視線が俺から逸れたと思ったら、まるで信じられないモノを見たかのような顔で固まった。



「ジュスタン、どうしたの? その人誰?」



 姿を現したのはエレノアを繋ぎに行ってくれていたジェス。

 まさかこの男、ジェスを見て……?

 視線をアランに戻そうとしたら、目の前をアランが凄い速さで通り過ぎた。



「うわあぁぁぁん!! 陽向ひなた兄ちゃん!! ごめん!! ぼくのせいでお兄ちゃんがぁぁぁ!!」



 ジェスに抱き着いて号泣し始めるアラン。

 俺より一回り大きい髭面のおっさん冒険者が子供に抱き着いて泣く姿に、部下達も呆然と立ち尽くしている。

 そんな中、俺だけは状況が違った。心臓がうるさい、まさかとは思うがそうとしか考えられないんだ。



 ジェスの見た目は五男だった弟の陽向だ、末の双子は俺のマネをして俺以外を名前で呼んでいた。

 という事は陽向兄ちゃんという呼び方をするのは一人だけ、俺が庇った時に一緒に車に轢かれた六男の大和やまとだけだ。



「や……大和? 大和なのか……?」



 俺が声をかけると、アランの肩がビクリと動いた。

 泣き止み、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げたその瞳は動揺して揺れている。



「まさか……お……、お兄ちゃん……?」



「ああ、直輝だ」



「お゙に゙ぃ゙ぢゃ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ん゙!! ごべん゙だざぁ゙ぁ゙い゙!!」



 もう何を言っているのか聞き取りにくい、とりあえず見た目は知らないオッサンがぐしゃぐしゃの顔で抱き着きにきたから一瞬避けそうになったが、グッとこらえる。

 これが本当に大和だったら、ここで避けたら一生の心の傷になりそうだしな。



 巨体が走ってきたせいで中々の衝撃だったが、なんとか抱き留めた。

 俺の前世の名前はこの国にないものだから名前と気付かれていないだろうが、今は部下達の視線が痛い。



「や、大和、色々話をしたいから泣き止め。お兄ちゃんもちょっと混乱してるんだ。アランはいつから大和の記憶があるとか向こうで教えてくれるか?」



 周りに聞こえないように小声で話しながら、とりあえず泣き止まそうと前世でよくやっていたみたいに頭を撫でる。



「この撫で方……、やっぱりお兄ちゃんだ……!」



「グェッ、ま、まて! 今のお前の力で全力ギューはやめろ!!」



 前世で大好きの気持ちを伝える時にやってくれていた全力ギューという名のハグは、アランの体格でやられると暴力以外の何ものでもない。

 護衛対象がいなくなり、魔物が出ない街道を通ってきたせいで鎧を脱いでいるから余計だ。



「ジュスタン、この人なに~?」



 ジェスは完全に不審者を見る目を、俺に抱き着いている大和……アランに向けている。



「あ……、いや、ちょっとな。向こうで泣き止ませてくるからジェスは皆と野営の準備をしていてくれるか?」



「わかった。早く戻って来てね」



「ああ。ほら大和、こっちにおいで」



 グスグスと鼻を鳴らしている髭面の男の手を引き、広場から離れて近くの人通りのない路地へと入った。

 ハンカチを取り出してアランの涙と鼻水を拭いてやる。



「はい、チーンして」



「ふーん!」



 アランは言われるがまま、俺の持つハンカチで鼻をかんだ。

 当時の大和は七歳、双子が生まれてから色々我慢していたが、まだまだ甘えん坊だったもんな。

 鼻をかんでスッキリしたのか、アランはハッと我に返ったような顔をした。



「う……あ……その、すまねぇ。さっきあの子供……陽向兄ちゃんの姿を見たら、いきなり訳のわからねぇ記憶がブワッと出てきて……その記憶の年齢に引っ張られたっみたいだ……」



 どうやら記憶が戻ったのはジェスを見た瞬間らしい、まだ本人も混乱しているようだ。



「かまわん、俺も前世の記憶が戻った時は混乱した。しかし……、あの時俺は大和を助けられてなかったんだな……すまない」



「ううんっ! あ、いや、ガキだった前世の俺が飛び出してなきゃ、お兄ちゃんは死なずにすんだのに……っ、ふぐぅっ」



 まだ精神が記憶に引っ張られているのか、再び琥珀色の瞳から涙があふれ出した。



「ああもう、過ぎた事なんだし、わざとやったんじゃないんだからもう泣くな。『清浄クリーン』」



 清浄魔法でグショグショになったハンカチを綺麗にして、また顔を拭いてやる。



「魔法……お兄ちゃん貴族なの!? そういや騎士団長は貴族だってギルマスが言ってた……」



「ああ、侯爵家の三男坊だったが、今は自力で伯爵になった。部下達は普段魔物討伐を専門としている気の荒い平民だから、喧嘩売るんじゃないぞ。さっき来たのはマウントを取ろうとしたんだろう?」



「う……ごめんなさい……。それにしても、三男って事はお兄ちゃんが今は弟なんだね、ふふっ」



 これは大和、これは大和、これは大和。

 髭面のオッサンの幼児のような仕草に拒否反応を示しそうになり、なんとか自分に言い聞かせる。



「……とりあえずこれからはお前の事はアランと呼ぶ、俺の事はお兄ちゃん……はその見た目じゃさすがにキツイから、せめて兄貴かジュスタン団長と呼んでくれ。今の俺の名前はジュスタン・ド・ヴァンディエールというんだ」



「うん、じゃあこれからは兄貴って呼ぶよ! ああ、クソッ! どうもガキだった前世に口調が引っ張られちまう」



「ははっ、ひと晩寝れば記憶が落ち着くと思うぞ。今日は家に帰って休むといい、明日はギルドマスターも含めて作戦を話し合う予定だろう? 連携が難しければそれぞれ邪魔しない配置で動けばいいし、町を守るためにも揉め事を起こしている暇はないからな」



「わかった。それじゃあ明日冒険者ギルドでな、……兄貴」



「ああ」



明日冷静になれば、改めてジェスの事を聞かれるだろうな。

 目元を赤く腫らしたアランを見送り、俺もジェスと部下達の待つ広場へと戻った。

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