第102話 新たな命令書

「あ~あ~、オレ達も中の見学したかったな~! ジェスだけずりぃ~」



 一度ドワーフ達が滞在している屋敷に行ってから第三騎士団の訓練場に戻ると、シモンが拗ねていた。



「シモン! あのねぇ、バシルにお願いして今日だけ入っていいって言ってもらったよ! 明日からは色々運び込んだり、中で作業するからダメだって」



「本当か!? さすがジェスは優しいなぁ~! どっかの団長とは大違いだぜ~」



 ジェスを抱き上げクルクルと回るシモン、聞き捨てならないセリフが聞こえてきたが、ジェスが喜んでいるから許してやろう。

 新しい宿舎の建築後、シモン達といるのが飽きたらしくジェスも一緒に屋敷に向かったのだ。



 そしてジェスに会いに顔を出したジャンヌに対し、ジュールが憧れのアイドルを目の前にしたファンのような挙動になっている隙にジェスがバシルに宿舎の見学許可を取っていた。

 正しい状況判断ができるなんて、やはりドラゴンなだけあって地頭がいいらしい。



「言っておくが訓練の後だからな。抜け出して見に行こうとするなよ?」



 そう言って俺は訓練場を出ようと背を向けると、途端に部下達が文句を言い始めた。



「あっ、そう言う団長だって訓練を抜け出そうとしてるじゃねぇか!」



「バカ! 団長がいない方が楽……おっと。ちゃんと訓練するから僕達の事は気にしなくていいよ、団長」



「ジェスは自分達が見ておきますから! いってらっしゃい!」



「ジェス~、俺達と訓練一緒にやるか~?」



「うん!」



 俺に向かって文句を言うシモンはアルノーに脇腹を肘で突かれ、マリウスとガスパールはわかりやすく俺を送り出そうとした。

 まだ納得していない顔のシモンに振り返り、ゆっくり、わかりやすく教えてやる。



「書・類・仕・事・だ!! オレールにも任せられない書類があるからな!! 例えば人事の最終決定……とかな」



 最後にニヤリと笑うと、シモンの顔色がわかりやすく変わった。



「さ、さぁ~て、集中して訓練頑張るか~」



 シモンのこの手のひら返しな態度は、従騎士スクワイアであるマリウス以外のジュスタン隊のメンバーは小隊長になれる実力があるせいだ。

 だが小隊長ともなれば部下の面倒を見たり、色々気苦労する事も多いせいでシモンとガスパールには絶対向いていない。



 アルノーはそんな二人のストッパー役ができるのでジュスタン隊には必要な男だ。

 目を離すと一緒になって暴走する時があるから油断はできないが。



 執務室の奥にある団長室に入ろうとしたら、オーバンがおずおずと話しかけてきた。

 記憶が戻ってからは差し入れしたりと良好な関係を築いてきたから、こんな態度をするのは珍しい。



「ヴァンディエール騎士団長……、その、少々面倒な事になりそうです」



「どうした?」



「先ほど王城から届いた命令書なのですが、遠征ではなく聖女の護衛で隣国の聖国に行く可能性が高いかと……」



「は? 聖女の護衛は聖騎士団があるだろう? 先日の魔物騒動で肩身の狭い思いをしているのなら、今こそ汚名返上するいい機会のはずだが」



「それはこちらの添付書類に書かれていました。どうぞ」



 俺は書類を受け取り、団長室でじっくり目を通す。

 玉璽ぎょくじが押されたその書類には、聖女はこの国の生まれで我が国の国民である事が最初にアピールされていた。



 現在所属している大神殿の大元である聖国の本神殿から聖女を招待したいという申し出と共に使者が出発しているという先触れが来たが、あきらかに無理にでも聖女を連れて行こうとしていると思われるという懸念。



 道中の護衛が聖騎士団だけだと、命令権限が大神殿より本神殿の方が強いため、聖女を連れ帰れなくなるのではという事が書かれていた。



 その他にも国境付近の町から魔物の数が急増しているという報告もあり、同じ方向だからというていで同行して一部の部隊以外はその町に待機し、何かあれば聖国へ向かう事も考えなければならないとの事。



「これはまた……」



 なんて面倒な仕事なんだ。

 玉璽が押されているという事は王命であるため、王立騎士団員である俺達に拒否するという選択肢はない。



 久々の討伐遠征に部下達は喜ぶだろうが、それに付属する事を考えると頭が痛い。

 ……よし、聖国内まで同行するのはオレール隊に任せよう。団長とはいえ俺みたいな若造が本神殿に行っても軽視されそうだもんな。



 そう思ったら少しだけ心が軽くなった。オレールには悪いが、これも副団長としての職務だよな、うん。

 関連書類にも目を通し、いくつかサインを書き込む。

 色々確認しなければならない事もあるから、残りはまた後日。



 最優先の書類をやっつけても、執務机に積み上げられた書類が待っている。

 ヴァンディエール侯爵領からリュカが来てくれたら、アイツは俺と思考回路が似ているから代わりにこの書類をやっつけてくれるはずなんだ。



 聖国に行く時にヴァンディエール侯爵領を通るから、その時にまた声をかけてみるか。

 陛下にはヴァンディエール侯爵邸の離れを聖女や同行者達に一晩提供するように要望書を書いてもらおう。

 聖国の使者には領内の神殿で過ごしてもらえば、その晩の俺達の心労も多少和らぐというものだ。

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