第98話 担当文官
「部屋は個室でいいのか? それともこの宿舎のように二階を個室、三階を大部屋に?」
「見習い達がバシル達の居住区に出入りするのが煩わしいなら、左右を壁で仕切って一階の食堂なんかの設備だけ共用になるようにしてもいいんじゃないか? ジャンヌの部屋には風呂を付けないといけないし、ドワーフ達の部屋にも個別に付けてもかまわない、もし大きな風呂がいいなら一階に作ればいいしな。あとは食堂と見習い達用の大浴場も頼む、場所はそこの窓から見えるあの辺りになる予定だ」
まだ幼い見習い達に、髭面のオッサンなドワーフ達と同じ風呂を使えというのは少々酷というものだ。
きっと酒臭いまま風呂に入ったりする事も多いだろうしな。
「なかなかの広さがあるじゃないか、これはやりがいがあるというものだ。工房の方は集落と同じだから設計と言っても面白味がないからあいつに任せるか……。よし、大まかな事が決まったからもう大丈夫だ、仮住まいの屋敷とやらに移動するか」
「わかった。恐らく今回滞在する屋敷は迎賓館としても使えるようになっているはずだから、
「それはいい! 人族の技術がどれほどのものか見せてもらおう!」
ジャンヌとドワーフ達が再び馬車に乗り込み、今度こそ滞在先の屋敷を目指す。
ジェスも一緒に来ていたら喜びそうな広い庭があり、門の前には第二騎士団の騎士が立っていた。
国賓扱いとはいえ、さすがに第一騎士団の連中が門番をする事はないのだろう。
門番の騎士達は、護衛に付いている第一の騎士達を見ると素早く門を開いた。
サロンやホールもあり、護衛などが滞在できる離れまであるかなり大きめの屋敷に、ジャンヌとドワーフ十名だけしか滞在しない。
どうやらバシル達が居心地がいいと判断したら来ると言っている者もいるらしい。
だが王都に来ているのはジャンヌの鱗を扱える凄腕の職人ばかりなので、今この場にいるドワーフ達がトップ職人だったりするのだが。
「ほほぅ、これはなかなか立派な屋敷ではないか。この庭であれば妾も本来の姿で翼を伸ばせるというものだ」
「あ、いや、それは騒ぎになると思うぞ。ジャンヌがドラゴンだと周知された後であれば大丈夫かもしれないが」
馬車を降りて庭を眺めながらジャンヌが怪しい事を言い出した。
確かにここなら広さ的な問題はないが、突然王都のど真ん中に巨大なドラゴンが出現したら大騒ぎだ。
騎士団で倒せそうなジェスの大きさですら大騒ぎだったのに、更に大きいジャンヌであれば絶望してしまうだろう。
「ならば主殿が我々親子を従魔にしたと周知せねばなるまい。いつか気楽に人化を解いて、ジェスと共に空の散歩を楽しみたいものだ。……主殿は我が背に乗るか?」
「そうだな、落とさないと約束してくれるなら一緒に飛んでみたいとは思う」
「ほぅ! 主殿は人族でありながら空への恐怖心が薄いと見える。まるで以前にも空を飛んだ事があるようだと思うのは、妾の思い過ごしか?」
「そうだな……、ジャンヌが俺を落としても、ジェスが助けてくれそうだから安心していられるのかもしれないな。俺自身が飛べる魔法があればもっといいんだが……、風魔法特化の魔導師でもドラゴンに合わせて飛ぶのは無理じゃないか?」
飛行機なら何度か乗った事があるが、スカイダイビングみたいに身体ひとつで空を飛んだ事はない。
遊園地で絶叫系の乗り物は全部制覇するくらいには好きだったから、たぶんジャンヌに乗るのも楽しいと思う。
「待て主殿、それは妾ではなくジェスを信用しているという事ではないか! 我が子を信頼してくれているのは嬉しいが、ちゃんと妾の事も信頼してほしいのだが!?」
「ははは、もちろんジャンヌがわざと俺を落とすなんて思っていないさ。だが風圧や旋回する時にうっかり……なんて事はあってもおかしくないだろう?」
「ヌゥ……」
「おいおい、いい加減中の造りも見てみたいのだが? 先に儂らだけで入ってもいいのか?」
しびれを切らしたバシルが声をかけてきた。
ジャンヌと違って庭の広さより、この国最先端の技術で建てられた屋敷の方が気になるらしい。
その時玄関の扉が開いた。
「ようこそ、お待ちしておりました。私はこの屋敷の管理を仰せつかっております、シャール・ド・シャトーブリアンと申します。シャールとお呼びください」
俺達が来訪を告げなかったせいでしびれを切らしたのか、先に出てきたようだ。
それにしてもなんだか美味しそうな家名をしているな。
「おお! 世話になる!」
バシルが代表して挨拶を交わし、屋敷の中へと入って行った。
よし、俺の役目はここまでだ。
そう思って第三騎士団の宿舎に戻ると、文官から明日もドワーフ達のいる屋敷に行くようにと指令が来ていると告げられた。
どうやら設計のために送る文官とドワーフ達の橋渡しをしてほしいらしい。
人選は俺でいいのかと思いながらも、翌日にジェスも連れて屋敷へと向かった。
門を通り、玄関の前まで来ると人影が見えた、恐らく彼が担当の文官だろう。
「おはよう、設計のための担当文官……で合っているか?」
エレノアから下りながら声をかけると、青い顔をした文官のお仕着せを着た男が振り返る。
見覚えがあると思ったら、昨日謁見の間でジャンヌに睨まれて腰を抜かしていた奴だった。
…………うん、怖くて屋敷に入る勇気が出なくても仕方ない、橋渡し役が必要なわけだ。
馬番にエレノアを預けると、男の肩を軽く叩いて先に屋敷に入ってやった。
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