第56話 第二王子ランスロット

「友達……だと……!?」



「そうです! だからジュスタン団長にいじわる言わないでください!」



 俺を護るかのように、戸惑うエルネストの前に立ちふさがった聖女。

 確かにさっきの状況だと、俺が聖女に何かしたと思っても仕方ないかもしれないが、公正な目を持つようにと陛下から言われているんじゃなかったのか。



 このまま放置したらもっと騒ぎが大きくなりそうだ、そろそろエルネストも自分が昔の俺の立場にいる事を自覚してもらわないとな。



「申し訳ない。少々エレノア……、聖女様と気安く接し過ぎたようだ。ドラゴンと・・・・・従魔契約した時・・・・・・・に共闘したからか、戦友のように感じているせいですね」



 あえてエルネストに対して爽やかな笑顔で対応してやった。落ち着きのある人間であれば毒気を抜かれるところだが、きっとエルネストはエレノアと呼んだ事も俺の笑顔も気に入らないはずだ。



「聖女を呼び捨てにするなど、失礼だろう!」



 ほらな。



「ご本人から許可はいただいていますよ、お友達・・・ですので。な?」



「はい!」



 単純な聖女に微笑みかけると、思った通りの返事で応えてくれた。

 聖女に興味のあるエルネストからしたら、他の誰よりも俺に懐いている事が屈辱だろう。



「誤解も解けたようですので、我々はこれで失礼します。エレノア、あっちに甘い物があるぞ、甘い物は好きか?」



「これまで果物以外の甘い物なんて食べた事がありませんけど、甘いのは好きです!」



「ああ、そうだ。王太子、陛下から公正な目を持てと言われませんでしたか? 言動は慎重にお願いしますよ、あなたは王太子なのですから」



 最後に口パクで『今は』と付け足すと、エルネストの顔は見る見る真っ赤に染まった。



「く……っ、気分が悪い! 少し休む!」



 ディアーヌ嬢にそう言って、エルネストは王族の休憩室へと向かった。

 おいおい、婚約者をエスコートもせず一人で行くのか、随分と余裕をなくし過ぎだろう。



 当然ながら俺達のやり取りに注目していた貴族達は、ヒソヒソと今見た事を囁き合っている。

 この様子だと廃嫡されるのも時間の問題だな。わかりやすい敵がいたら活躍できるタイプだが、かと言って俺がその敵になってやる義理もない。



「ほら、これなら食べやすいだろ」



「わぁ、美味しそう! ありがとうございます」



 中には上品に食べるのが難しそうな物もあったため、洋ナシのコンポートが入った小さな器を手渡した。

 聖女が美味しそうに食べるのを見て、俺も手に取って食べる。

 噛むとジュワッと甘い洋ナシの果汁があふれ出て、赤ワインとジンジャーの香りがふわりと鼻を抜けた。



「うん、さすが王城で出されるだけあって美味いな」



「はい! お城の食べ物って美味しいんですね、神殿の食事は村で食べていた物とあまり変わらなかったので……」



「一応神殿は清貧であるようにという教えがあるからな。その代わり他の町や村で歓迎される時は色々ごちそうが振舞われるはずだぞ。その場合こういう甘い物はないはずだから、気になる物は今の内に食べておくといい。上品に食べられるならな、ククッ」



 今度は少し難易度を上げてフルーツのタルトの皿を手に取った。

 聖女も自分で手にしたものの、どうやって食べるのが正解なのか迷っているようだ。



 俺は聖女に見やすいように、タルトの上にある大きめのフルーツだけを一度除け、フォークを上から突き刺すようにしてタルトをひと口大に切り分けた。

 あとはさっき除けたフルーツを一切れだけ載せて、フォークで食べる。



 これで見た目がグチャッとならずに食べられるというわけだ。

 俺の食べ方を見てすぐにマネをする聖女。どうやら気に入ったらしく、目を輝かせている。



「ヴァンディエール騎士団長が甘い物を食べるのは意外ですね」



 そう声をかけてきたのは、エルネストとは同腹の第二王子、ランスロットだった。



「甘い物は疲れた身体に沁みますからね。ウチの騎士団でもほとんどの者は好きですよ」



「強そうな方々が甘い物を食べていると思うと、何だか不思議な気がします、ふふふ。…………先ほどは兄が失礼しました。聖女様にもご不快な思いをさせて申し訳ありません」



 ニコニコと話していたが、ふと真面目な表情になり、俺と聖女に謝罪した。

 気付かれないようにジッと観察したが、どうやら本心で言っているようだ。

 代わりに謝罪するという事は、エルネストの行動も自分の責任だと思っているという事で、つまりは自分が王太子になるつもりなんだな。



 もしかして、内々に陛下から話をされたのかもしれない。

 俺はすでにエルネストにチャンスを与えた、それをフイにしたのはエルネスト本人だからな。

 これで何の躊躇ためらいもなく、ランスロットを支持できるというものだ。



「私は何も問題ないので安心してください。むしろジュスタン団長が誤解されてしまったみたいで……」



 しょんぼりとする聖女に、ランスロットは柔らかい笑みを向ける。



「いえ、悪いのは兄上です。ちゃんと見ていたら、お二人が楽しそうにしているとわかったでしょうに。それにしても、団員以外でヴァンディエール騎士団長の事を名前で呼ぶ方は珍しいですね」



「聖女様が私の家名が言いづらいとおっしゃったので、仕方なくです」



 ランスロットに正直に答えたが、聖女はあからさまに不服そうな顔をした。



「そこは友達になったから、でいいじゃないですか!」



「あの時はまだ友達じゃなかった」



「むむぅ~!」



 シレッとそう返すと、聖女の口がわかりやすいへの字口になった。



「あはっ、あははは! 友達というのは本当のようですね。そんな風に気安く話せる相手がいるなんて、……羨ましいです」



 ポツリと最後に呟かれた言葉に、派閥での気苦労がにじみ出ていた。

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