第48話 ジェスの年齢

 第三騎士団本拠地へと戻り、馬を厩舎に連れて行く。



「各自馬の世話を終わらせてから食事をするように! 俺は王城へ報告に行くから、お前達は訓練をしていろ!」



 普段小隊単位で馬を戻すなら厩番に任せるところだが、今回のように一気に戻す時は各自で世話をする。

 ブラッシングとひづめの手入れ、水と塩分補給用のぶら下げてある岩塩の残量をチェックしたら、餌やりは厩番の仕事なので任せればいい。



「エレノア、すまないが王城に行かないといけないから、もう少し頑張ってくれ。休憩したらまた出発するぞ」



 厩番に餌と水を頼むと、宿舎の自室に戻って鎧を脱いで清浄魔法をかけた。

 ついでにそれまでずっと背中に張り付いていたジェスを降ろす。



「聞きたい事が色々あるが、まずは腹ごしらえからだな。ジェスは魔石以外に何を食べるんだ?」



『ボクは何でも食べられるよ! 魔石は魔力が欲しい時だけ食べるの、普段は空気中の魔素だけでも平気なんだ』



「へぇ、じゃあ特に食事はいらないんだな。あんな大きな体だったから、さぞかしたくさん食べるのかと思ったら……意外だ。俺は食事をしないといけないからお前はここで待っててくれ」



『えっ!? ヤダヤダ! ボクはジュスタンと一緒にいたい!』



 話し方が幼いとは思ってはいたが、もしかして幼竜だったりするのか?



「わかったわかった。ジェス、ジェスは生まれて何年くらいなんだ?」



『えっとねー、十年くらい! お母さんは二百年くらいで、お父さんは……知らない!』



「知らない?」



『うん、会った事がないから。お母さんがいない時に、変な人間が来てボクの首に気持ち悪い魔石をくっ付けてきたの。寝てる時だったから気付くのが遅れちゃったんだ。お母さんが巣に戻って来た時にボクがいなかったら心配するかなぁ』



 ジェスの最後のひと言で、ブワッと全身が総毛立った。

 何か忘れていると思ったら、邪神に仕える四天王の一角もドラゴンだったような。

 もし本来ジェスが俺と共に死んでいて、子ドラゴンの復讐として邪神の手下になったとしたら辻褄が合う。



「な、なぁ、ジェスが俺と従魔契約した事、ジェスのお母さんはどう思うだろうか」



 息子を返せとか言って、王都に攻め込んで来るなんて事ないよな?



『ボクがジュスタンの事好きならいいって言うと思うよ。ボク、ジュスタンが優しいの知ってるもん』



 ヨチヨチと歩いて俺に近付くと、頭をグリグリと足に擦りつけてきた。まるで猫が甘えているようだ。

 コイツ、俺が前世でペットを飼いたくても、弟達だけで手一杯で飼えなかった事をわかってるような行動をしてるな。



 思わずしゃがみ込んで首元を撫でる。

 最初黒かと思ったが、明るいところだと紺碧に見える鱗がヒンヤリしているようで、どこか温かい。

 スベスベとして、鱗なのに子供の頭や子猫を撫でている感触に近かった。



「おっと、サッサと朝ご飯を食べてこないと、王城に行く時間が遅くなるな。朝議ちょうぎの前に伝えておいた方がいいだろうから、急がないと。……連れて行くけど、大人しくしていろよ?」



『うん! わかった!』



 食後にすぐ王城に行けるように、騎士の正装をして食堂に行くと、すでに数人が食事を始めていた。

 朝食を受け取りながら、料理人達には今朝の騒ぎは収まった事を伝え、馬の世話が終わったら部下達が押し寄せると教えてやった。



 急ピッチで調理を始める料理人達を尻目に、食事を始めると、もぞもぞと動き出す背中のジェス。

 どうやら匂いに反応したらしい。



『これ何の匂い~?』



 ジェスが声を出した途端にガタッと複数の立ち上がる音がした。

 どうやら食事をしていた部下達が、俺の背中からジェスの鳴き声がした事に驚いたらしい。



「ジェス、こっちに来い。パンを食べてみるか?」



『人間の食べ物!? 食べてみる!』



 さすがに同じスプーンを使ってスープを分けてやるのは抵抗があるが、パンならちぎって味見させてやってもいいだろう。

 ジェスは小さくなった翼をはためかせてテーブルの上にちょこんと座った。



「ほら」



 ひと口分むしって差し出すと、俺の手を掴んでパンを頬張る。

 姪のアンジェルとそっくりなしぐさに笑みが浮かんだ。



「美味いか?」



『う~ん……、味は悪くないけど、なんかもさもさしてる』



 そりゃ魔石に比べたらもさもさしているだろうな。

 ふと思いついて、実家の離れで作ったクッキーの切れ端を取り出した。



「これはどうだ?」



 再び俺の手を掴んでクッキーを口に入れて咀嚼すると、勢いよく俺を見た。



『これ美味しい! 何これ!? もっと食べたい!』



 キラキラとした目で見られ、仕方なく数枚取り出して手のひらに乗せると、今度は自分の手で掴んで食べ始めた。

 おっと、見ている場合じゃない、早く俺も食事を済ませないと。

 残りをテーブルの上に置いて急いで食べ終わる。



『美味しいねぇ』



 菓子が美味しいと思うのは人と同じなのか、それとも甘い物が好きなのかもしれない。

 それは追々調べるとして、今は王城に報告に行かないと。…………行かないと行きたくない



「さ、もう行くぞ。王城で大人しくできたらクッキーはまた作ってやるから」



『クッキーっていうのか! 約束だからね!』



 立ち上がって食器の載ったトレイを片付けようとしたら、ジェスは俺の背中とマントの隙間にもぐり込んだ。

 どうやら背中が自分の定位置だと思ってしまったらしい。

 トレイを厨房に戻す時に、料理人達が固まっているのが見えたが、オレール達が説明してくれるだろうと信じて王城へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る