第7話 美味しくしよう

 カシアスには治癒師にお礼を言わせ、訓練場に戻るとみんな妙にソワソワしながら訓練をしていた。

 もしかしてカシアスの怪我が心配だったのだろうか。いや、こいつらの性格上それはないな。



 しばらくすると、部下達が俺を見てソワソワしているのがわかった。

 そしてすぐにピンときた、さっきまで俺の顔が赤かった事とか話してたな!?

 弟達が俺の失敗を嬉しそうに陰で話していた時と同じ空気だ。



「カシアス、お前は休んでいろ」



「普段なら絶対休ませてくれないのに……。もしかして団長が訓練に参加するとか? 確か、団長も治癒師から明後日まで訓練禁止って言われてるんじゃ?」



「安心しろ、俺はそう動かないからな」



 ニヤリと笑うと、カシアスだけでなく他の部下達も息を飲んだ。

 そんなに俺の笑顔が怖いのか?



「あ、あの、ジュスタン団長? 一体何をする気なんですか?」



 治癒師を呼びに行っていた従騎士スクワイアが恐る恐る聞いてきた。



「さっき見ていた時に、随分と基礎がおろそかになっている者が多いと思ってな。とりあえず素振り千本やってもらおうか、それが終わる頃にちょうど昼食の時間になるだろう」



 俺の宣言に部下達の顔色が変わり、カシアスはこっそりと安堵あんどの息を吐いている。



「どうやら無駄話をして休憩していたようだからな、体力は残っているだろう? 始めッ!」



 俺が騎士団長になったばかりの頃、散々やらせた千本素振りを始める部下達。

 時々カウントに紛れて「鬼畜」だの「悪魔」だの聞こえてくる。



 日本の小説の世界なせいか、名称とか食材なんかも色々と日本的なんだよな。

 本来昼休みの時間を少し過ぎて、千本素振りが終了した。



 途中で体勢が崩れていたり、変なクセがついていた場合は容赦なく指導してやったせいか全員ぐったりしている。



「明日はカシアスの素振りも見てやろうな」



「ヒッ! あ、ありがとうございます……」



 ビビってる時だけ敬語になるなんて、わかりやすい奴め。

 だけどみんな頑張ったから、ご褒美に昼食の味変をしてやろう。

 ちょっと塩や胡椒を足すだけで美味しくなると思うんだよな。



「よし、それじゃあ食堂へ行くぞ」



 部下達は返事をすると、使っていた剣や木剣を片付けて、足早に俺の後をついてきた。

 たっぷり運動したから、食事が楽しみで仕方ないのだろう。



 食堂に入ると、外回り組が食事を始めていた。

 カウンターでトレイに載った昼食を受け取ると、長いテーブルの一席に着く。



 部下達も席に着いた途端にガッつくように料理を平らげている。

 俺は全てひと口だけ食べると、従騎士スクワイアの一人に乳鉢と乳棒を持ってくるように言いつけた。



 というのも、胡椒を買ったのはいいが、胡椒を挽くミルが無い事に気付いたのだ。

 厨房から持ってきた乳鉢セットを受け取り、黒胡椒を数粒入れてゴリゴリとすり潰す。



「うぉっ、ジュスタン団長、それ胡椒じゃないですか!?」



 乳鉢を取りに行った従騎士スクワイアのユーグが驚きの声を上げた。



「ああ、少々物足りないから買ってきたんだ」



「すげぇ、あれだけでいくらするんだろう……、金貨は絶対だよな……」



 ユーグの声で気付いたらしく、厨房の方からそんな声が聞こえた。

 粉になった胡椒と塩をレンズ豆と鶏肉のスープにパラパラと入れて、スプーンで混ぜる。



「ん……、かなり美味しくなったな。だがもうひと味……。あ、バジルも買ったんだった」



 魔法鞄マジックバッグからバジルの葉を数枚取り出し、その内の一枚を細かく千切ってスープに混ぜた。



「うん、これならお前達も満足できる味だろう。試してみるか?」



「いいんですか!? お願いします!!」



 ユーグがスープ皿を差し出すと、他の部下達も我先にとスープ皿を俺のところへ持ってきた。



「わかったわかった。バジルは自分で千切るように。ほら、持っていけ」



 スープの量に合わせて塩と胡椒を入れ、バジルの葉を一枚ずつ渡すと、嬉しそうにスープに入れて掻き混ぜている。

 最初にスープ皿を差し出したにも関わらず、従騎士スクワイアという立場上後回しにされるユーグ。



「うまぁい!! なんだこれ!!」



 真っ先に食べたカシアスが大声で叫んだ。

 その声を聞いた他の部下達が急いてスープを口に運ぶ。



「本当だ! 味が締まるっていうのか? 全然違う!」



「うっま! さっきまでのスープとは別物だ!」



 同じテーブルの部下達が騒ぐせいで、外回り組でスープの残っている奴らがスープ皿を持って立ち上がりだした。

 すでにスープ皿が空になっている奴は、悔しそうに皿を睨みつけている。



「お前達、言っておくが塩も胡椒も高級品だ。身体を動かす俺達が濃い味の方が美味いと感じるのは当然だが、料理人に与えられた予算では今の味が限界というわけだ。もっと美味い物が食べたいなら、一回分の飲み代程度の金を出し合って塩や胡椒を買えばいい。どうする?」



「俺は出すぜ!」



「俺も!」



 俺と同じテーブルにいた部下は全員同意したが、他の奴らはためらっている。

 スープ皿を持って立ったままになっている奴らを指で招いて、追加で味付けしてやると、その表情は一変した。



「自分も出します!」



 やはり美味しいは正義。

 娯楽が少ないこの世界で、食べる事はかなりのウエイトを占めるからな。

 


「何を騒いでいる!」



 話がまとまりかけた時、ある男の声が食堂に響いた。

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