第6話 変化

 焦ってやらかした!!

 これまでの俺が自分の事をお兄ちゃんと言うなんて、絶対ありえないのに!

 前世の記憶の事とかバレたらどうしよう!



「と、とにかく心臓より傷を上にあげておけ! 普通の治癒魔法をかけても失った血は戻らないんだからな!」



「あ、は、はい……」



 小説の後半に出てくる部位欠損すら治せる聖女ヒロインの治癒魔法ならともかく、一般の治癒師だと傷をふさぐしかできない。



 普段生意気な態度のカシアスが動揺して普通に返事をしているが、こっちはジワジワと羞恥が襲ってきて、顔や耳が赤くなってる気がする!



 気のせいか、いや、気のせいじゃないから部下達の視線が突き刺さってるよ。



「他の者は訓練を続けろ!」



 一喝すると、その場にいた部下達はハッとして訓練を再開した。



「カシアス、歩けるならこちらから救護室へ行くぞ。少しでも血を流さない方が回復が早いからな」



「はいぃ……っ!」



 おとなしくなった隙にギュッと腕を縛った。

 傷に触れないように腕を支えて歩き出すが、カシアスはものすごく動揺している。



 さっきから俺の顔をマジマジと見てくるのをやめてほしいんだが。

 クソッ、まだ耳が熱いからきっと赤くなっているんだろう。



「何を見ている」



「あっ、いやっ、その、団長が……さっき……グフゥッ! いたたた!」



 話している途中でカシアスが噴き出し、その反動で傷が痛んだらしい。

 コイツ、絶対俺の「お兄ちゃん」発言の事を言おうとしたな。



 仕方ないだろう、これまで何年俺が「お兄ちゃん」してきたと思ってるんだ!

 カシアスと同い年の弟が十八歳だから、お兄ちゃん歴十八年だぞ!?



 一番下の双子が五歳だったから、どうしても自分の事を「お兄ちゃん」って言っちゃうだろ!

 これ以上笑うようなら、笑えないようにしてやらなきゃいけないかもしれない。



 こんな事考えるのは、もしかしてこれまでの俺の考えに引っ張られているんだろうか。

 そうだとしたら、気を付けないと殺される未来にまっしぐら……なんて事になりかねないぞ。



「怪我をしている時は話すのも体力を消耗するから、もう口を開くな」



「団長が話しかけてきたんじゃないか……」



「何か言ったか?」



「いいえ、何も」



 ブツブツ言うカシアスを睨むと、すぐに黙った。

 同時に救護室の方から、従騎士スクワイアに連れられた治癒師が走って来るのが見えた。



「うわわっ、これは酷いですね! すぐに治癒魔法をかけます、えーと」



 治癒師はキョロキョロと辺りを見回した。

 治癒魔法はかけられた側の体力を消耗するものでもあるから、座らせたいのだろう。



「カシアス、そこに座れ。今治癒魔法をかけられたらフラつくかもしれないからな」



「え~? オレそんなにヤワじゃないのに」



「カシアス」



「はい……」



 わざと低い声で名前を呼ぶと、おとなしく従った。

 こういう場合は怒鳴るより、低く、ゆっくり言う方が効果があるもんな。



 騎士団員は弟達よりヤンチャだが、これまでのお兄ちゃんとしての経験が活かされそうだ。



「では……、『治癒ヒール』」



 まるで早送りの映像を見ているように、見る見る傷が塞がっていく。

 俺もかすり傷程度なら治せるが、こんなにザックリ切れた傷は治せない。



 適性があるとないとでは、威力がこうも違うんだな。

 しかし治癒師の魔力量はそう多くないらしく、傷が塞がる頃には汗をかいて辛そうにしていた。



「ふぅ……、これでもう大丈夫です」



「あ~、やっぱ治癒魔法受けるとダルいな。さぁて、訓練に戻るか!」



 カシアスは治癒師にお礼も言わずに立ち上がった。



「こら、礼くらいちゃんと言え」



「「「は?」」」



 その場にいた三人の声が重なった。

 以前の俺もお礼なんて簡単に言う人間じゃなかったからな。



 だけどこれからは部下達の教育のためにも、率先して正しい行動をしないと!

 



[訓練場 side]


 ジュスタンとカシアスが救護室へ向かい、訓練場から姿を消してしばらくすると、それまで打ち合っていた騎士達の動きが止まった。

 そして誰からともなく口を開く。



「おい、さっきのは聞き間違いじゃないよな? 皆も聞いたよな?」



「ああ、俺も耳を疑ったぜ。カシアスに対してもあんな気遣いしただけでもおかしいのによ」



「じゃあさっきのは聞き間違いじゃないんだな。団長が自分の事……」



 騎士達は顔を見合わせてゴクリと唾を飲み込んだ。



「「「「「「「お兄ちゃん」」」」」」」



 同時に言い、そして各々へたり込んだり、腹を抱えて笑い出した。



「うははははは! あ、ありえねぇ!」



「しかも見たか!? すんげぇ赤くなってたよな!? ククッ」



「あんな団長初めて見たぜ! ははははは」



「ひーひー、他のやつらに言っても絶対信じないだろうなぁ」



「普段からああいうのだったら可愛げがあるのになぁ。いてっ、いたたたた! 何すんだよ! あっ、お前従騎士スクワイアのくせに叩いたな!」



「アメデオが変な事いうからじゃないか!」



 ジュスタンから最も程遠い言葉を発した騎士を、その場にいたほとんどの者が叩いたり蹴ったりした。

 手を出していない者も、鳥肌が立ったとばかりに二の腕をさすっている。

 仲間意識の強い彼らはいつもこのようにジャレ合っているが、自分達以外への当たりは強い。



 それは生まれを理由に周りから正当な評価をされにくい彼らにとって、ある意味自衛の手段でもある。

 気性の荒い狼の群れのような彼らが辛うじて認められているのは、番犬としての能力の高さではあるが、好意的に思われる日が来るのかどうかはジュスタンの躾けにかかっていると言えるだろう。

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