第2話 疑い
5年前になるだろうか。
上の階の部屋が空き部屋になってからすぐに、新たなる住民が引っ越してきた。
初めは引っ越しの挨拶にも来てくれ、感じのよい老夫婦に思えた。
そのうち、そこの家の孫が遊びに来るようになったのか、週末になると決まって土曜の午後から、日曜日の夜まで、小さな子供が走り回る音が鳴り響いていた。
次第に、ソファからジャンプを何度も繰り返しているような音がした。
そのたびに「ズシン!ミシミシ!」と凄い音が半日続いていたり、深夜にまで続いて困ってはいたが、その時は尚文もまだ中学生だった事もあり、子供が走るのはしょうがない事だと思い我慢していた。
―それから2年後。
尚文が学校から帰り、近くのイオンに自転車でいつもの週刊誌を買いに行こうとマンションの駐輪場で自転車の鍵を開けようとしていたら、警察官がかけよって来た。
「君、それは盗難自転車じゃないのかねっ!」
驚いた尚文は、学校生活で対人恐怖症気味になっていた事も相まって、突然の出来事と、熱血の新人警察官の怒った表情に圧倒され、何も悪い事をしていないのに、急に怖くなり、その場から逃げ出してしまった。
その行動が、不審者と判断され警察官から、マンション中を追いかけられるはめになってしまった。
オートロックのエントランスをかいくぐり、自宅玄関の前で、新人警官に尚文は胸ぐらをぐいっと捕まれてしまった。
「貴様、なんで逃げる、ここの住民じゃないだろ!」
「僕はここに住んでます」
「証拠を見せろ!」
尚文は鍵を見せ、自宅玄関の扉を開けてみせた。警官は「そうか」とだけいい、謝りもせず帰って行った。何分間追いかけ回されたのかわからない。周りからみたら何事かと思うだろし、本人はさぞ怖かった事だと思う。
尚文は一連の事に納得ができず、こっそりiPhoneで警察官との会話を一部始終録音していた。
私の職場に尚文から電話があり話は一通り聞いたので、今日は早めに仕事を切り上げた。
帰るとすぐ私は、色々把握しているマンションの管理人に詳しい話を聞きに行った。
「あ~なんか、お宅の上の階の人が警察呼んでたみたいでね〜。」
「自転車の盗難って、最近あったんですか?」
「いや、そんな話、一度も聞いた事ないね〜」
この時、管理人から気になる事を言われた。
「上の階に来てた警察官が、お宅のお子さんを追いかけてたみたいだね」
(あ~もう、これは疑いの余地なしだな)
近くに、交番がある。多分ここから来たのは察しがつく。警察にもその後すぐ、事情を聞きに行った。
「匿名で連絡があったものですから……」
「あの、匿名って、上の方ですよね」
「教える事はできません」
「疑いをかけた事、息子に謝ってください」
「息子さんは白ですが、謝る事はできません」
返ってくる言葉は想定内だったものの釈然としない思いで、胸がいっぱいだった。
上の階の住民がなんの為に、そんな事をしたのかは分からないが、良からぬことを警察官に吹き込んだから、こんな事になったのは間違いない。
今後は、警戒する必要がある事と、尚文は今回の事で相当なダメージをついたので、対人恐怖は酷くならない事を祈りつつ、経過を見守る事にした。
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