第3話 威嚇

 尚文がマンションの上下で暮らす人間関係に悩みを抱える中、さらに家庭では、もう一つの悩みにぶつかっていた。


 尚文の父親は40年間勤めた会社から、賃金を40%カットで残るか退職するかも、マンションのローンが残っている状態でせまられていたのだ。

 パートで家計を支えていた私も、その頃、市の委託職員になるための試験や面接を受け転職に成功したものの、なかなか時間がとれず家族と向き合う時間がとれないどころか、職場のパワハラがひどく、自分の事でいっぱいいっぱいだった。


 尚文は、昼間の定時制で単位制の高校なので自宅にいる事が多い。

 出かけない時は、上の階の住民の足音や、物音に悩まされ続けていた。

 新聞を十字に結んで「ドンドン」と落とすような音、2リットルくらいのペットボトルを上から落としてるかのような音、家具を移動してるような音がひっきりなしに聞こえていた。


 尚文は頭痛薬が手放せなくなった。

その音に尚文は、困って出来るだけ1人の時は自宅にいたくないので、外出するようにしていた。


 とはいえ、対人恐怖のある尚文にとって、人混みは、結構大変で、いつも落ち着かず、過ごす場所が限られてしまった。


 天気の良い日は、ひとけのない公園。

時には、私の仕事場にも顔を出したりしていた。

 貸し会議室の受付をしていたので、空いていればお金を払えば誰でも利用する事が出来るのだ。

 本来なら同僚に事情を説明して、事務室とか借りれば良かったのかもしれないが、パワハラを受けてた新人の身だったので、事情を説明出来なかったのは、今考えると情けない。


 尚文の最後に流れ着いた場所は、カラオケボックスだった。

 雨風がしのげるし、小腹が空いたらポテトも食べれるし、ただお金が続かないので、持ち込み禁止だったお店にこっそり、ペットボトルを持ち込んでジュースを飲んでしのいでいたらしい。

 頻繁に行くわけだが、店員さんに目をつけられたくないので、歩いて行ける近場のカラオケ屋3軒をルーティンで巡回するようにしていた。

 ちょっと隔離されてる空間なので、尚文には安心出来る唯一の場所だったのだ。


 それでも問題は結構残されていて、尚文が出かける物音を上の階の住民がどうやら聞き耳を立てているらしい事がわかった。

初めのうちは私も気のせいかと思っていた。


(もしかして監視されてる?)


 例えば、私達家族の誰かが外出する。

玄関ドアの音を聞いているのか、上の階の玄関を開く音が続く。

 私達家族に威嚇するかのように2階から咳払いの音がする。


 私達の部屋の音が漏れているのか、部屋を移動する度に、上の階も同じ位置の部屋について来て、足を踏み鳴らすようになってきた。


もちろん挨拶で声をかけても、相手から返ってくることはなかった。


 上の階の住民の態度に恐怖しか感じられなかった。


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