第3話:メイドの仕事と早速の再会

「イリーナさん」

「はい……大変申し訳ございません……」


 全力で走ったせいで息を切らせながら寮に到着したイリーナは、門前で待ち構えていた寮長に肩を強く握られる。

 表情は笑顔だが、明らかに笑っていない寮長の目の様子に、イリーナは何度も頭を下げ続けた。


「はぁ……普段から真面目な貴方だから、今回はこれで許してあげるわ」

「ありがとうございます……」

「次やったら、長い説教になるわよ」


 寮長のお許しの言葉に、イリーナはホッと安堵のため息をつく。

 イリーナは改めて仕事に戻ろうと寮の物置へ目線を向けると、そこには2つの人影があった。


「コラ! あんた達も仕事サボらない!」

「あら、バレちゃった」

「罰として、寮の周辺の草むしりを今日中にやってしまいなさい。イリーナの遅刻もそれでチャラにしてあげるわ」


 お咎めも終わったと安心していたイリーナは、突然とばっちりを受けたことに不服を覚える。

 だが、寮長の鋭い目線に物申せるほど、遅刻したメイドに発言権は与えられていなかった。


「ちぇー。この時期の草むしりって暑くて嫌になっちゃうよね」


 トボトボと落ち込みを露わにして歩くイリーナの前には、先ほどから寮長からの説教を覗いていた二つの人影が立ち塞がる。

 イリーナよりも小柄シルエットをしている二人は、同じくメイドの制服を着用してニマニマと笑みを浮かべていた。


「真面目なイリーナが説教を受けてるの珍しい」

「もぉ。覗かないでよ。私まで雑草むしりしなきゃいけないのに」

「たまには、三人で反省の意を示すのも良いじゃない」

 

 身長が低いからか、首を上に向けて自信満々な表情をする二人に、イリーナは頬を膨らませる。

 二人がこれまで罰で増やされた仕事を、何度も手伝ってきたことを思い出すと、イリーナの顔には自然と苦笑いが浮かんでいた。


「元はと言うと、遅刻したイリーナが悪い」


 いつもお調子者の二人に振り回されるイリーナだが、一緒に仕事をする時間はなんやかんや楽しく、いつも唇を尖らせながらも同僚のヤンチャを許してしまう。


「仕方ないわね。今日は一緒に反省会ね」

「いや、イリーナの罰に私たちが手伝ってるだけだよ」

「もう……」


 お調子者コンビとそれに振り回されるイリーナの会話は、メイド寮の名物にもなっていた。


「そうそう、イリーナが遅刻って珍しいね。オトコとでも会ってたの?」


 フィオネがニヤニヤとした表情でイリーナの脇腹を突くと、小気味の良い悲鳴が響く。

 その様子に、ハンナは笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。

 手で口を覆っていても、爆笑を隠せずツボにハマり続けている同僚を見て、フィオネは隠さずに大きな笑い声を上げた。


「あー、おもしろかった。それよりも、イリーナが会ってたのって本当にオトコだったの?」


 笑いすぎでお腹を抑えるフィオネの問いかけに、イリーナはエリクとの時間を思い出す。

 エリクは性別的には男性と言えるが、イリーナにとっては、身分の差があり過ぎて恋愛対象として見ることが烏滸がましい存在だった。


「まあ、会っていたのは男性だけど、フィオネの想像するようなものじゃないわよ」

「イリーナの顔は、嘘を言ってない時の表情だよ」

「ちぇ。根掘り葉掘り聞こうと思ったのに……」


 フィオネは残念そうに唇を尖らせるが、ハンナはニヤニヤした表情を浮かべて、イリーナの顔を見つめている。


「でも、男の人と会ったのは本当なんだ」

「さすがハンナ、目の付け所が違うねぇ」


 二人は、白状するまで追求してやると言わんばかりに、少しずつイリーナへ詰め寄っていく。

 同僚の会っていた男性に興味津々の様子を隠そうともしない二人から、イリーナは捕獲されてしまう。


「ウリウリ。白状するんだイリーナ」

「私たちの笑いのために、イリーナは犠牲になって」

「もぉ、言うから。くすぐるのをやめてちょうだい」


 脇腹をくすぐられたイリーナは、あっけなくギブアップを宣言する。

 それを受けて、二人はすぐにガッツポーズをして、その後ハイタッチを交わした。


「で、誰と会っていたの?」

「えっと、エリク殿下です」

「「ホントに!?」」


 二人は、想像を超えるようなビッグネームを聞いて、イリーナの肩を激しく揺らすほどに動揺する。

 イリーナは、釣られて頭も強く振られたせいで、瞬く間に青白いグロッキーな顔色になってしまった。


「そんな高貴な人と何してたのよ」

「たまたまヴァイオリンを弾いている殿下を見かけて、少しお話をしただけよ」

「「勿体無い!!!」」


 今度は激しい剣幕をした二人の顔が、イリーナの顔へ近づく。

 

「軽くスカートをめくって誘惑すれば、可能性があったのに……」

「可能性って何よ!?」

「「イリーナが王妃になる可能性」」

「そんな関係じゃありません!」


 イリーナは、二人のリアクションからエリクの寝顔を思い出してしまう。

 失礼なことを考えたと顔を紅色に染めて、イリーナは首を強く振って忘れようとするが、余計に変な方向へ意識が向いていく。


「そういえば、エリク殿下って、冷酷で厳しい方って噂に聞くけど」

「強気で素っ気ない旦那様ってのも、女としては結構幸せだけどね」

「それは言えてる。でも、色々と大変そう」


 お調子者の二人は、この場にいないからと、王族に対する失礼なゴシップ話に花を開かせる。


(実際の殿下は、優しい人だったもん)


 二人の散々な言いように、イリーナは心の中で不貞腐れるように反論をした。


「で、次はいつ会う予定なの?」

「きっともう会うことはないわよ」

「なら、なおさら誘惑しておけば良かったのに……」


 ワイワイガヤガヤと好き放題に言葉を発する二人を尻目に、イリーナはエリクの言葉を思い出す。


(また礼をする。ですか……)


 それは王子にとってはリップサービスみたいなもので、イリーナは現実に変わることを期待していなかった。


「もお、さっさと仕事をするわよ」

「えぇ〜」

「私はイリーナともう少し話していたい」


 自分たちの持ち場についても、雑談を続ける二人を宥めるように、イリーナはモップを手に持つ。

 まだまだ一日は続くからこそ、気持ちを切り替えて日常に戻ろうと、イリーナは掃除に取り掛かる。


 仕事に打ち込んでいると、あっという間に時間は流れ、すぐに日没間近を迎えた。


「イリーナ! 貴女エリク殿下に何をしたの!?」


 また平凡な日々を過ごしていこうと考えた矢先、寮長からの叫び声がイリーナの元へ飛んでくる。


「今行きます!」


 慌ててモップを投げ出して、寮長のところへ向かうと、そこには朝会話をした第二王子––エリクの姿があった。

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