冷徹王子は、朝活メイドに恋をする
希月花火
第1話:穏やかな朝日と偶然の出会い
深々とした森に囲まれた王宮を、木々の隙間からこぼれる朝日が照らしている。
日中は国の象徴として賑わう王宮も、夜明けの時間帯は人の気配もあまりない。
そのような巨大な王宮の端で、井戸の水が跳ね、軽快な音を響かせている。
「ん〜!冷たくて気持ちい!」
ルシーダ王族の住まう王宮でメイドを務めている少女––イリーナは白い肌を潤わせるように、パシャパシャと冷たい水で顔を洗っていた。
イリーナはオレンジ色の垂れ目で、冷たい空気が昇る井戸の中を覗き込む。
白黒のシックなワンピースを身に包む、スラッと長身なメイドの姿が、鏡のように澄んだ水面に反射して、本人の目に写る。
「制服もバッチリ!」
イリーナは、配られたメイド服を着こなして、メイド寮の倉庫からモップとバケツを取り出す。
夜明けと同時に掃除を始めようとするメイドを労うように、そよ風が優しく空を撫でた。
「今日も良い朝だわ」
鈴のように澄んだ高い声が、王宮の中で木霊する。
イリーナは、長く伸びた赤褐色の髪を、掃除のために後ろで結ぶ。
穏やかな早朝の王宮の雰囲気を味わいながら、メイドの仕事を進めることがイリーナにとっての日課だった。
「よし、さっさと掃除を片付けてしまいましょう!」
イリーナは、気合いを入れるように服の袖を捲ると、細くスラリとしたスタイルを活かし、踊るような動きで床を拭く。
ふと、大理石に反射したものは、宮殿の雄大さそのものであるドーム状の屋根だった。
日中になるとこの国で最も太陽に近い建造物は燦々と眩い輝きを放つが、まだ昇る最中の朝日を纏う金の像は、温和なオレンジ色の光を放っている。
これを目にするため早起きをしたと言っても過言ではないくらいに、イリーナは絵画のような情景に見入っていた。
「やっぱりこの王宮って素敵ですわね」
早朝の静かな王宮で、庭園の散歩がてら掃除をすることが、イリーナの日課となっている。
夜風と同時にやってきた埃や汚れを除いて、朝一番の綺麗な王宮を独り占めする気持ちよさは、眠気の残る目を擦ってまで早起きをするには十分なモチベーションを生み出していた。
「ん〜、美味しい!」
イリーナは、持参したミントウォーターを喉に流し込むと、一仕事した後の疲れを吹き飛ばす爽快感に首をブルブルと振るわせた。
時刻は日の出から1時間ほど経過したころ、もうそろそろ他のメイドたちも起床するタイミングになったので、宿舎に戻ろうとしたイリーナの耳に、聞き慣れない音が届く。
「何の音かしら?」
そよ風で木々の掠れる音でも、小鳥の囀りでもない、規則的なリズムで奏でられる音は人によって作られたものだった。
ふとした好奇心に釣られて、イリーナは少しずつ音の響く方へ足を向けていく。
徐々に音源に近づいていくと同時に、ヴァイオリンが繊細な音色を庭園に響かせていると判明をする。
「ヴァイオリンを弾く使用人なんていましたっけ?」
珍しさという興味にそそられて、イリーナは音の中心地である開けた広場を覗き見た。
眩しさを増した朝日の中身を、瞼をしぼめて見つめると、幾つもの金細工の装飾を付けた衣服を身に纏う男性の姿がイリーナの目に写る。
短く整えられている金髪は奏でられる音色に揺らされており、スラッとした骨格と黄金比になるように鍛えられた体躯は、て堂々たる威厳を纏っているようにも見える。
(エリク殿下だ……)
明らかに使用人やメイドではない高貴な男性の正体は、ルシーダ王国第二王子––エリク・ルシーダ……すなわち、イリーナの主のひとりだった。
人ひとりがいるだけで普段見ていた光景が、幻想的な世界に変わってしまう様に、イリーナは五感全てを奪われてしまう。
ただ楽器を弾くだけで人を惹きつけるオーラを放つ様に、イリーナの姿勢が自然と姿勢が前のめりになっていく。
「きゃぁ!?」
無我夢中で演奏に聴き入っていたイリーナは足元に転がっていた箒に気づかず、身を隠していた茂みから顔を出す形で転げてしまった。
「何だ?」
繊細な指捌きで旋律を奏でる手が突如止めると、エリクはじっとメイド服を身に包んだ乱入者のいる方を見つめる。
いきなりの問いかけにイリーナは驚くと同時に、せめてものメイドの矜持と慌ててスカートの裾を摘んで礼をする。
「覗き見るような真似をして、大変申し訳ございません」
「いや、構わない。むしろ、こんなに早い時間から掃除とは賞賛されるべきことだ」
主の器の大きさにイリーナは、喉元まで湧き上がった安心のためいきを飲み込んで、再度気持ちを引き締めた。
「勿体無いお言葉です」
「普段も早朝から仕事をしているのか?」
「はい。早朝の王宮は空気が心地よく、この時間に掃除をすることが日課になっています」
「そうか。朝の時間を邪魔してすまない」
そう口にして、エリクは慣れた様子で手早くヴァイオリンを片付け終える。
広場を去ろうと、背を向ける時に見たエリクは、足をよろめかせてしまう。
「大丈夫ですか?」
「軽い貧血だ。気にするな」
エリクは再度立ち上がり、王宮の方へ戻ろうとするが、どこか足元はおぼつかない様子だった。
「殿下。少しここでお休みをしませんか?」
イリーナは咄嗟に無理をして動こうとするエリクの手を握り、そう声をかける。
「朝日を浴びるだけでも、とても気分が軽くなるはずですよ」
「いや、必要ない」
「このまま動いたら、また倒れかけますよ」
気丈に振る舞うエリクだったが、お節介なメイドの一言に観念したようで、そのまま倒れるように地面へ横たわった。
「私がここを掃除しおわるまで、少し仮眠をとってください」
「わかった……」
不承だと表情に出しながら返事をするエリクだったが、疲労と朝日の心地よさには流石の王子でも争うことはできず、すぐに意識を手放して夢の中に入り込む。
「さて、私も頑張りますか!」
イリーナは、エリクが快適な寝起きを迎えられるよう、広場の床をモップで拭き始めた。
♢♢♢
1話目を最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!!
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