虫の知らせ

黒月

第1話

 私の母はオカルト、心霊現象の類いには全く興味のない人だが、いわゆる「虫の知らせ」に関しては信じているという。というのも母自身、そういった体験が幾度もあるのだと語る。


 これは私が小学生の頃のことだ。私は群馬県に住んでおり、母方の祖父母はお隣長野県で暮らしていた。祖父はその頃、末期がんに冒されており、両親は私を連れて毎週末長野県にある総合病院へお見舞いに行っていた。

 私はというとお見舞いの後で立ち寄る祖父宅で従姉妹に頻繁に会えることが嬉しく、どちらかといえば週末が楽しみな気持ちが強かった。


 そんな中、叔父から祖父が危篤だと知らせが入った。平日だったため、まず母と私が向かうことになった。

 私の住む群馬県から長野県までは車で大体3時間かかるのだが、志賀高原という県境の山道を使えば2時間強で到着するため、母はこの日、志賀高原ルートで長野へ向かった。

 車酔いしやすい私にはこの山道がとても苦手だったのだが、険しい顔で運転する母には何も言えず、「酔わないように」「早く到着するように」と願うしかない。

 県境の渋峠まではひたすらくねくねした登り道だ。気圧の変化で耳をやられながら、持ってきた、アニメソングのCDを聴き、気をまぎらわす。県を越えてしまえば山道とはいえ下り坂になるので気持ち的には少し楽になるので、ひたすら渋峠到着を待った。


 県境が近づき、白樺と熊笹ばかりの景色が見えてきたその時、母の携帯が鳴った。

「ごめん、出てちょうだい」

促されて母の鞄から携帯を取り出す。多分、母の兄だろう、と画面を見るが、発信者の名前も番号も表示されていなかった。

 困惑して母に携帯画面を見せると、母は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かを悟ったような顔をし、とにかく電話に出るようにと私に言った。

 気味が悪く、通話ボタンを押すのが怖かったのだが、恐る恐る電話に出る。


「…も、もしもし」

しかし、応答なし。電話口からもなにも聞こえず、車内は静まり返った。

「もしもし」を何度か繰り返すと電話は切れてしまった。電話が切れたと伝えると、母は車を道の端に停車させ、唐突に「ちょっと休憩しよう」と言った。


 その直後だった。母の兄から連絡が入り、祖父が亡くなったと告げられたのは。

電話口で母がポツリと「やっぱり…」と呟いていたのが今も印象に残っている。


 後日、母の携帯の着信履歴を確認したが、あの無言電話の履歴は残っていなかった。

 あれは単なる通信エラーだったのかも知れない。当時の携帯電話の電波は今と比べたらお粗末なものであったし。

だが、母の呟きを思い出す度にもしかしたら、祖父から母への別れの知らせだったのかもしれないと思えるのだ。

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虫の知らせ 黒月 @inuinu1113

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