4・フロイツの目利き

「ふむ……あの方ですか……」


 フロイツはジッとヒトリを見つめながら、右手で自分の顎髭を擦った。


「はい、そうです。お~い、ヒトリ~!」


 ツバメがヒトリに声をかける。


「ニヒヒヒ……」


 だが、ヒトリはいつもの様にナイフ磨きを辞めなかった。


「はあ~……まったく、いつもいつも……」


 ツバメは呆れた様子でヒトリの傍へと近づいて行く。


「……」


 その様子を見ていたフロイツが、無言でヒトリを睨みつけた。

 次の瞬間――。


「ニヒヒ……――っ!?」


 ヒトリが勢いよくフロイツの方を振り向き、磨いていたナイフを右手に握りしめた。

 突然のヒトリの行動に、傍まで寄っていたツバメが驚きの声をあげてたじろいでしまった。


「うわっ!!」


「…………」


 無言でフロイツを見つめるヒトリ。

 いつもとは違うヒトリの様子にツバメが心配そうな表情を見せた。


「ヒ、ヒトリ……急にどうしたの? 大丈夫……?」


「…………ツバメちゃん、後ろにいる人は誰なの?」


 ヒトリは構えたまま、道具袋からデフォルメされたドクロの仮面を取り出す。


「え? あ~この方はフロイツさんといって、冒険者よ」


「……ぼ、冒険者……?」


「そうだけど…………何がどうなっているの?」


 ツバメは訳がわからずヒトリとフロイツを交互に見る。

 フロイツは笑顔で姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。


「申し訳ございません、少々悪戯が過ぎました。この通り敵意はございませんので安心して下さい」


「……」


 フロイツの言葉に、ヒトリはナイフをゆっくりと下げる。

 しかし、フロイツから目をそらす事は無かった。


「ヒ、ヒトリ……本当にどうしちゃったの?」


 めずらしく動揺を隠せないツバメ。


「……えと……フロイツさん、ヒトリに何かしたんですか?」


 ツバメに対して、フロイツは笑いながら答えた。


「はっはっは、なんて事はございません。あまりにも隙だらけすぎた・・・・・・・ので違和感を感じましてな。彼女に向かって威圧をかけただけですよ」


「隙? 威圧? ……んん~?」


 ツバメは眉間にシワを寄せて首を傾げた。


「まぁテストをしたと考えてもらえば……しかし、今の反応を見る限り彼女はBランク……いや、私と同じAランクと見ました。にもかかわらず、害虫駆除を請負とは何か理由があるのですか?」


「え~と……まだよくわからないですけど……」


 ツバメはポリポリと頬を掻きながら答ええう。


「理由なら……ヒトリがEランクだから……ですかね……?」


 ツバメの答えに、フランクは怪訝そうな表情を見せる。


「Eですって? いやいや、何を言っているのですか。ブランクがあるとはいえ、まだ私の目はくも……」


 ヒトリは申し訳なさそうに、そっとドッグプレートを取り出す。

 そこに刻まれているEの文字を見た瞬間、フロイツは固まってしまった。


「……………………ええええっ!?」


 少しの間のあと、フロイツが甲高い驚きの大声をあげた。

 そんなフロイツの大声でパロマは我に返るのだった。




「……なるほど…………上を目指さない事に少々疑問はありますが、一応納得はしました」


 奥の席に座ったフロイツが、安堵した様子で席に運ばれてきた紅茶を口にする。


「それにしても私の目が曇ってしまったのかと思い、ショックを受けてしまいましたよ」


「それ以上へこまないで下さい、上に上がらないこの子が悪いんですから」


 ツバメがパンパンとヒトリの背中を叩いた。


「いたっいたっ! や、やめてよツバメちゃん」


「わたくし、フロイツのあんな声を聴いたのは生まれて初めてですわ……」


 パロマは紅茶を飲みながら、横目でフロイツを見る。


「……今すぐに忘れて下さい」


 フロイツは恥ずかしそうにもう一度紅茶を口に運び、その後軽く咳払いをした。


「コホン……まぁなんにせよ実力はあるようですし、巨大ネズミの駆除の件は何も問題ありませんな」


「……へっ?」


 巨大ネズミの駆除の言葉に、俯いていたヒトリの顔が上がる。


「あ、そうだった。ヒトリ、明日の巨大ネズミの駆除なんだけど、この2人も同行するからよろしくね」


「……うえっ!?」


 ヒトリが驚きの声をあげて、席から立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待って! いきなりそんな話……」


「ヒトリさん、よろしくお願いしますわ」


「よろしくお願いいたします」


「えっ……あっ……えと……その……あの……」


 ヒトリが涙目になりうろたえる。

 そんなヒトリに対してツバメは立ち上がり、ヒトリの両肩に手を置いた。


「ヒトリ、よ・し・く・ね」


 満面の笑みを見せるツバメ。

 その顔を見て、ヒトリは完全に諦めて頷いた。


「…………はい……わかりましたぁ……」



 次の日の早朝。

 路地裏にあるマンホールの傍にヒトリ、パロマ、フロイツの3人の姿があった。


「あっ……そ、そちら側を持ってもらっても、いいですか?」


 ヒトリがマンホールの蓋の取っ手を握る。


「わかりました」


 フロイツはヒトリの反対側に立ち、マンホールの蓋の取っ手を握った。


「あっ……じゃ、じゃあいきますよ……せ~の!」


 掛け声と同時に2人はマンホールの蓋を持ち上げた。

 その瞬間、マンホールの穴から悪臭が立ち込める。


「うっ!」


 パロマがたまらずしかめ面をし、鼻をおさえた。


「くっ臭いですわ……」


「仕方ありません。この下水にネズミが住み着いているわけですから」


 悪臭の中、フロイツは平然とした顔で答える。


「あっ……で、ではボクが先に入って、安全確認してきますね」


 ヒトリも平然とした様子で、梯子を降りて行った。


「……どうして、こんな臭いところにネズミは住んでますの?」


「さあ? 私はネズミではありませんのでわかりません」


「……どうして、フロイツはこの臭いの中平気ですの?」


「若い時、これよりもきつい激臭漂う場所で1日中過ごした事がありましてな。1週間は臭いが取れなくて困りました。なので、それに比べたらこのくらい……その時の話を聞きますかな?」


「……遠慮しておきますわ……聞いただけで鼻がもげそうですし……」


「そうですか、それは残念です」


 2人がたわいのない話をしていると、マンホールの下からヒトリの声が聞こえて来た。


「あっ……降りて来ても、大丈夫……ですよ~」


 ヒトリの言葉を聞き、パロマはフロイツの顔を見る。

 フロイツは笑顔で梯子に手のひらをかざした。


「さ、パロマお嬢様」


 文句を言わずさっさと降りろ。

 口には出してはいないが、フロイツはそう言っているとパロマは強く感じ取った。

 パロマはしばらく目を瞑り……そして、カッと目を見開いた。


「………………っ! わたくしはウォルドー家の娘! こんな臭い如きで負けてられませんわ!! おりゃあああああああああ!!」


 パロマは雄叫びをあげ、勢いよく梯子を降りて行った。


「はっはっは、その意気ですよ! パロマお嬢様」


 フロイツも楽しそうにパロマの後に続いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る