7・10年ぶりのギルド

 次の日の夕方。

 マントで身を包んだハナとサクは重たい荷車を引き、ギルド前へとたどり着いた。


「ふイ~……ようやく着いたネ」


「……そうだな。にしても、ここに来るの久しぶりだ……引退してからもルノシラ王国には何度か来たが、どうしてもギルドに顔を出せなかった……」


「ウチは昨日ぶリ~」


「……ハナ、すまないが中に入ってツバメを呼んで来てくれ。こいつをここに置いたままなのは、流石にまずいからな」


 サクはカバーのかかった荷車に目を遣る。

 カバーの下には、昨晩の大型のブラックドッグが乗せられていた。


「わかっタ~」


 ハナがギルドの中へ入って行った。

 そして、すぐにハナとツバメが出て来た。


「サクさん! お久しぶりです!」


「……ああ、元気そうで何よりだ。ツバメ」


 挨拶もそこそこに、ツバメが荷車へと近寄った。


「これが例のですか……確認しても?」


「……ああ」


 ツバメはカバーを掴み、少し持ち上げて中を覗き込んだ。


「……なるほど。確かにヒトリの報告通り、あり得ない大きさですね。パパ……じゃなくてギルド長とゴアゴ博士は中にいますので、さっそく運びましょう」


「……ちょっと待って、もうゴアゴ博士が王国にいるのか?」


「今日の昼頃に来られました。大型のブラックドックとハナちゃんの報告を受けて、居ても立っても居られなかったそうです」


 ツバメがやれやれと肩をすくめた。


「……あの人らしいな……」


 サクもやれやれと首を振った。


「?」


 ハナだけが訳も分からずキョトンとするのだった。


 ※


「……で、でさぁ……な、何でここにいるのぉ?」


 ギルド内の奥の席。

 いつもいるヒトリの他にツバメ、サク、ハナが座っていた。


「仕方がないでしょ、2階はパパと博士がブラックドッグについて話し合うから立ち入り禁止。ハナちゃんが人目につきにくい場所はここ以外ないんだから」


「……ううう……」


 ヒトリは涙目になりつつ、出来る限り席の端により身を潜めた。

 そんな様子を見ていたサクがツバメに問いかける。


「……すまない、先に聞きたい事があるんだがいいか?」


「はい、なんですか?」


「……今の冒険者ランクの基準ってどうなっているんだ? ヒトリの嬢ちゃんがEっておかしくないか?」


 名前を出されてヒトリはビクリと体を震わせた。


「ああ……それはですね……」


 ツバメはサク達にヒトリがEランクの理由を話した。

 それを聞いたサクは驚きを隠せなかった。


「……はあ!? そんな理由で!? ありえねぇ!」


「おなしな事なノ?」


 冒険者に詳しくないハナが不思議そうな顔をした。


「とっても……ねっ」


 ツバメがヒトリの方を見る。

 その瞬間、ヒトリはサッと顔を横に向けた。


「……ま、まぁ本人がそれで良ければあれこれ言うのも野暮ってもんだが…………とりあえず、理解は出来んが納得はできた。ありがとうな」


「いえいえ。私も依頼関係からズレるお話がありましたし」


「……ん? なんだ?」


「ハナちゃん、あなたの根っこをギルド及び王国に売る気はない? 金額については……ざっとこんな感じ」


 ツバメは1枚の数字の書かれた紙をテーブルの上に置いた。


「……はあ!?」

「うえぇっ!?」


 その内容を見たサクとヒトリが驚きの声をあげる。


「……な、何だこの高い金額は!? どうしてこんな事に!」


「それは……実際に使ってもらった方がいいわよね」


 今度は1個の小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。


「……これは?」


「治癒ポーションです。サクさんは右腕を怪我していますよね、飲んでみてください」


「……飲んでって……この量だとちょっとした擦り傷が治る程度だ。この傷はもっと深くてだな……」


「飲めばわかります」


「…………? わかった」


 サクは小瓶を手に取り、一口で飲み干す。


「どうですか?」


「……どうもこうも別に……ん?」


 サクは右腕の傷に異変を感じて袖をまくり、巻いてあった包帯を解いた。

 傷跡は残ってはいるが、ブラックドッグに切り裂かれた傷がふさがっている。


「……こ、こんな少量で傷が……」


「それ、ハナちゃんの根っこで作った物です」


「……ハナの根っこ……そうか、マンドラゴラの効力か!」


「はい。しかもハナちゃんが成長した影響か、自生しているマンドラゴラよりも効力が強いんです。ですから、ギルド及び王国に提供してほしいんです」


「……なるほど」


「ねぇサク、すごい事なノ?」


「……ああ、かなりな」


「そうなんダ。あノ……売ればサクに恩返しができますカ?」


「ん~……サクさんにとって、お金を稼ぐ事が恩返しになるかわからないけど……」


 ツバメがサクの顔色をうかがう。

 だが虫人は表情をほとんど変えない為、全くわからなかった。


「…………今の暮らしに不自由はしていない……だが、このポーションがあれば何十……いや何百人もの命を救える事になるだろう。それは俺にとって嬉しい事だ」


 嬉しいの言葉にハナの表情が明るくなる。


「っわかりましタ! 売りまス!」


「ありがとう!」


 ツバメは身を乗り出し、ハナの両手をとった。


「いや~最近の栽培されたマンドラゴラの効力が薄くなって来てたから助かるわ~」


「ア~……あの子達、土がまずいと言って文句を言ってましたネ」


「ん? 言って……ました?」


 ハナの言葉に、ヒトリは植物が会話している事をツバメに話していなかった事を思い出した。


「そ、そうだった……ツバメちゃん、植物達って会話をしているらしんだよ」


「……ああ、そうらしい」


「会話? どういう事? 2人は何を言っているの?」


 ヒトリとサクはハナの言っていた事、見た事を話した。


「へぇ~ハナちゃんにそんな力も……って! なんで、それを早く言わないの!!」


「ヒッ!」


 突然、声をあげたツバメにヒトリがビクッと体を動かした。


「それなら、【影】達の動きが……いや、もしかしたらメンバーの顔もわかるかもじゃない!」


「あっ……そ、そうか……」


「カゲ? って、なんですカ?」


 当然、ハナは【影】の存在は知らない。

 ツバメは【影】の説明をし、協力を求めた。

 しかし、ハナは申し訳なさそうに口を開く。


「すみませン……それはかなり難しいでス……」


「そうなの?」


「え~と、どう言えばいいのかナ……確かにウチ達は会話をしますし、空気や音の振動を感じて取って生物の動きを把握していまス。ですが、逆に言うとそれだけなんでス。目で見ているわけじゃないので、その【影】? という人達を判別や、区別をする事は出来ませン。それに、その人達が話している内容も近くならともかく遠くだと又聞きになるので、途中で会話の内容が変わる可能性モ……」


「……伝言ゲームでよくある事だな……そんな不確定で兵や冒険者を動かすのは無理だぞ」


「ですねぇ……残念」


 ツバメはガクリと肩を落とした。


「ごめんなさイ。お力になれズ……」


「ううん、謝る必要なんて全然ないわ。こちらこそ、無理な事を言ってごめんね。それじゃあ私は仕事に戻ります、ハナちゃんの取引についてはまとまり次第サクさんに連絡しますね」


「……おう、わかった」


 ツバメは小さく右手を振り、受付のカウンターの奥へと入って行く。


「……さてと、家に帰るにはもう遅いから泊りとして……せっかく王国に来たんだ、町中を見て回るか?」


「うン!」


 ハナが嬉しそうに返事をする。


「……どうだい、ヒトリの嬢ちゃん……」


「っ! っ! っ! っ!」


 名前が出て、誘われる事を察したヒトリはブンブンと首を横に振った。


「……は、来ないみたいだな。んじゃ俺達だけで行くか」


 2人は席を立ち、ツバメに一声かけてから外へと出る。

 ハナは楽しそうに駆けだしたが、すぐにサクの隣へと戻り手をつないだ。

 サクはその手を離さず、並んで町中へと歩いて行った。




 ―了―

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