6・サク救出

「や……やっだノ……?」


 ハナは喉を抑えつつ、倒れている大型のブラックドッグに恐る恐る触れる。

 ブラックドッグはピクリとも動かなかった。


「あっ……ハ、ハナさんの声、すごかったです。耳栓をしていたのに一瞬、ボ、ボクの意識が飛びかけましたよぉ……」


 両耳から耳栓を抜き、ヒトリが近づいて来る。

 そして、ブラックドッグの口に刺さったナイフを手に取り引き抜いた。


「……他のブラックドッグは悲鳴で倒れたのに、この大きいブラックドッグは耐えきった……大きい分、耐久力があった……? いや、それにしては……」


 ヒトリは手に持っている血まみれのナイフをジッと見つめた。


「あ、あノ……」


 悲鳴を上げた影響か、ハナの声はカスカスだった。


「あっ……は、はい、なんでしょう?」


「水を飲んでぎでもいいでずガ?」


「あっ……えと……も、もう他のブラックドッグの気配はないですし……大丈夫です」


「ありがどうございまズ……」


 ハナは家の中に入り、水を入れてある壺の蓋を開けて自分の頭を中に突っ込んだ。

 その間にヒトリは倒れているブラックドッグ達を見て回る。


「――ぷはッ! あ~……生き返ル~」


 水を飲み終え、すぐ元気になったハナは家の外へと出た。

 ヒトリの方を見ると、両手を組みながら何やら考え事をしている様だった。


「ど、どうかしましたカ?」


「え? あっ……いえ……や、やっぱりブラックドッグだなと……」


「はイ?」


 それ以外何があるのだろうとハナは疑問に思い、首を傾げる。


「どういう事ですカ?」


「……あっ……ちょ、ちょっと……引っかかる所がありまして……そ、それよりサクさんを探しましょうか」


「あッ! そうだっタ!」


 ハナは慌てて木に駆け寄り、手で触れた。


「サクがいるところに案内してくれル?」


〈コノママ、真ッ直グノ様ダ〉


「わかった、ありがとウ。こっちだそうでス」


 ハナが森の奥へと走って行く。


「あっ……ちょ、ちょっと待って下さい~」


 ヒトリは後を追いかけつつ、道具袋から携帯のランプを取り出して灯りをともした。




 森の中は夜の暗闇に包まれ、ヒトリの持っているランプの灯りが無ければまともに歩けなかっただろう。

 それでもハナは木や草に触りつつどんどんと進み、1本の巨樹の前まで来た。


「この辺にいるそうなんですけド……」


 ヒトリはハナの前に出て、ランプで辺りを照らした。


「……ん? あっ……この大木、爪痕がかなりありますねぇ」


 巨樹には大小さまざまな爪痕がたくさんついていた。

 傷の大きさ的にヒトリ達を襲ったブラックドッグ達の爪で間違いないだろう。


「う~ん……で、でも、サクさんの姿は……見当たりませんね……」


「そうですネ……ちょっと聞いてみまス」


 ハナは傷付いた巨樹に触れる。


「ねぇサクを知らなイ?」


〈上ニ居ル……マッタク、迷惑ナ奴ダ……〉


「……上?」


 それを聞いたハナが上を向く。


「あっ……こ、この木に登って避難したんじゃないでしょうか? で、ブラックドッグ達はその後を追いかけようとしたから……こ、こんなに爪痕が……」


「ああ、なるほド……お~い! サク~! いル~?」


 ハナは巨樹の上の方に向かって声を出した。


「…………その声はハナか!?」


 少し間があったのち、巨樹の上の方からサクの声がした。

 予想通り、サクは巨樹の上に避難をしていたのだ。


「……こんな所で何をやっている! ここは危険だ! 今すぐ逃げ……いや、木を登って来るんだ!」


 サクが怒声を上げた。


「サクを襲ったのってブラックドッグって奴?」


「……ああ! そうだ! しかも、あいつ等は普通じゃない! だから早く……」


「それなら倒したヨ!」


「……登っ……え? 今、なんて言った!?」


「だから、倒したヨ!」


「……倒しって……そりゃあどういう事だ!」


「サクを助けてくれるように、ギルドに行ったノ! そしたら、強い人が来てくれて全部倒しちゃったんだヨ!」


「……はあ!? ギルドに行っただと!? しかも、全部倒しただって! ……ちょっちょっと待ってろ! 今すぐ降りる!」


 ガサガサと枝を揺らし、サクが降りて来た。

 全身がボロボロになっており、右腕には包帯代わりに破いた服が巻かれていた。


「サク! 無事で良かっタ!」


 ハナがサクに飛びつく。


「……いででで! 無事じゃねぇよ、怪我しているんだか抱き付くな……で、あんたが助けに来てくれた冒険者か」


 サクがヒトリの方に顔を向ける。

 目が合ってしまったヒトリはあわあわと動揺しつつ返事をする。


「あっ! はははいいい! ヒッヒヒヒトリと言いましゅ!」


 慌てふためきながらヒトリはペコリと頭を下げた。

 そんな姿にサクは少し戸惑ってしまう。


「……あ、ああ……俺はサクだ。救援感謝す……」


 サクは、ランプに照らされたヒトリのドッグプレートに刻まれている『E』の文字を見て言葉を失った。


「どうしたノ? 傷が痛むノ?」


 急に黙った事に、ハナが心配そうに声をかける。


「……あっいや……大丈夫だ…………ハナ、本当にブラックドッグ達を倒したのか?」


「うン! 本当だヨ! ヒトリさん、とても強かっタ!」


「あっ……ボ、ボクの力だけじゃなくて……ハ、ハナさんの力で勝てたんです」


「……ハナの力?」


「そう、悲鳴を出して手伝いをしたんダ」


 ハナは両手を腰に当て自慢げに言った。


「……そうか、あの時聞こえた謎の叫び声はお前の声だったのか……マンドラゴラの悲鳴で全滅させたのなら、Eだろうが関係ないか」


 ハナが事を大げさに言っている。

 サクはそう思っていたのだが……。




「……なぁ、あんた本当にEランクなのか?」


 目の前の光景を見て、ハナが大げさに言っていない事はすぐに理解した。

 ランプと月明かりで照らされたブラックドッグ達の姿と各所に飛び散った血痕。

 ハナの悲鳴だけで全滅させたのなら、当然こんな事にはならない。


「えっ? あっ……ほ、本当ですけどぉ……」


 ヒトリがドッグプレートを手に乗せサクに見せる。

 何度見ても名前と『E』の文字しか刻まれていない。


「……今のギルドの基準はどうなっているんだ? 実力があるのにEって……まぁいいか、どうせ明日ギルドに行くしその時に聞こう」


「エ? ギルドに行くノ?」


「……ああ。救援の礼を言いたいし、それに……」


 サクは大型のブラックドッグの前でしゃがみこんだ。


「……こいつは明らかにおかしいから持って行く」


「あ、ヒトリさんも引っかかる所があるって言ってタ」


「え? あっ……その……あの……えと……お、大きさがちょっと……おかしいなぁ~と……」


「……そうだ、本来ブラックドッグの大きさは大体50cm前後くらいだ。なのに、こいつは余裕でそれを越えている……今まで見た事が無いから、変異種として調べた方がいいと思ってな」


「あっ……では、ボ、ボクは先に王国に戻ってツバメちゃんに話を……」


「……ああ? 戻るってもう夜なんだ。今日はうちに泊っていけ」


「え? ええっ!? と、泊っ――!?」


 泊まるの言葉にヒトリは後退りをする。


「そうでス! 泊って行ってくださイ!」


 ハナの言葉にヒトリはさらに後退りをする。


「あっ……あの……その……っだ、大丈夫です! ボクは夜目がきくので! そっそそそうだ! 早くツバメちゃんにサクさんが無事だった事をつたえないといけませんし、大きいブラックドッグの話もしておいた方が色々と楽になりますよね! だから今すぐ戻ります! なのでまた!」


 そう早口でしゃべった後、ヒトリは脱兎のごとく走り出した。

 そして、あっという間に姿を消した。


「……あ、おい! ……いったいどうしたっていうんだ?」


「さァ……?」


 サクとハナはお互いの顔を見て首を傾げるのだった。

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