第2章 リドワース修道院
5. 善良な聖職者
問題の『奇蹟の聖地』、リドワース修道院は、実に立派なものだった。修道院の敷地のうち、通りに面した側は厚い石壁に守られ、見上げる鉄製の格子を備えた門には修道士か、特に任ぜられた一般信徒が、昼も夜も詰めている。
門から足を踏み入れて最初に目にする聖堂も、研磨された白灰色の石を使った、
「我が主の家で、祈りも捧げず歩き去ることはできません」などと適当な理由を付けて、聖堂内部に足を踏み入れたミカは、ますますその確信を深めた。祭壇を覆う絹の白布が、はるか天井から差し込む色硝子越しの光に、柔らかな光沢を放つ。黄金の燭台には、昼間にもかかわらず蜜蝋の炎が赤々と輝き、清めの香が惜しげもなく焚き染められている。聖都スハイラスにあったとしても全く見劣りしない、こんな片田舎には不釣り合いのほどの壮麗さだ。
――つまり、有り余るほど金持ってるってことだ。
案内役の修道士のあとについて回廊を歩きながら、ミカは内心密かに快哉を上げた。どこであろうと、金のあるところは好きだ。金持ちが好きかどうかは別の話だが、金は文句なく大好きだ。
――この分なら、ちょっとくらい吹っ掛けても
とはいえその金が、直接彼の
――ま、教皇庁なんて、合法的なカツアゲ組織みたいなもんだからな。神の栄光は金貨で輝くってね。
「実に美しい聖堂ですね。我が主の栄光を称える、これほどの場所は、聖都にもそうそうありません。修道士殿にはご足労をおかけしましたが、この目で見られたことに心から感謝しています」
「い、いえ」
前を行く案内役の修道士に愛想よく話しかけると、緊張しきった応えが返ってくる。小柄な修道士は足を止めると、敬礼でもしそうな勢いで向き直った。
「教皇庁の司祭様のお役に立てるのなら、どのようなことでも。何なりとお申し付けください」
硬いが真摯な表情を浮かべる顔は、まだ若い。歳は、ミカ自身より一つか二つ下に見える。柔らかい印象の面立ちには、少年のようなあどけない気配が残っているが、その暗い色の瞳には、決然たる意志の光が感じられる。
まあ、こんな歳で、修道院などに引きこもって世を捨てようというのだから、とにかく何らかの決心はあるのだろうとミカは思ったが、尋ねはしなかった。代わりににっこりと微笑みかける。
「私はミカと言います。もしよろしければ、名前で呼んでください」
「は、はい! 失礼しました、
「あなたのお名前は?」
「わ、私は、ユールです」
「では、
解っていながら待たせたのは他ならぬ彼自身で、怒らせたとしても、完全に非があるのは彼の方なのだが、そんなことははるかに高い棚に上げ、ミカはしゃあしゃあと言っておいた。
一方で、若いユール修道士は、それを責めることはない。そんなことは思いつきもしないといった様子で、生真面目に応える。
「司祭様が聖堂で祈られるのは、当然のことです。院長も、もちろん理解されます。どうぞこちらへ」
左手の通路の先を指し示し、ユールは再び歩き出した。長い修道衣の裾が揺れる。位階を持つ聖職者の法衣とは違い、修道士の衣装は、全身を包み込む布を腰紐で留め、その上に、やはり簡素な仕立ての、ゆったりとした黒の上衣を羽織るだけのものだ。
基本的には自給自足、自分たちの手で得たものだけで清貧の生活を送るというのが修道士の理想であるから、衣装に必要以上にこだわることはないし、細かい調整を施したりもしないだろう。とはいえ、この若い修道士には、どうもその衣装が馴染まないところがあった。裾が少し長すぎるせいかもしれない。それを
と、密かに相手を観察していたミカは、そこでふと、相手も同じように自分を
「フィドレス・ユール。私から、何か知りたいことがあるのですか」
「いえ! あの、申し訳ございません」
「何も謝ることはありません。司祭として、私は神の法と叡智を、すべての人々に伝える使命を負っているのです。そして神の園たるこの地上で、人の子のすべての疑問は、神の法の前に等しく問われる価値がある。どのようなことでもお尋ねください。神ならぬ非才の身、答えられることは多くありませんが、答えようと努めることこそ、我々が神の摂理に対して捧げ得る信仰の形なのです」
――あああ、めんどくせえ!
顔に貼り付けた微笑はそのままに、ミカは内心で喚いた。おそらくは聞いている方も面倒だろうが、言う方だってもう本当にうんざりなのだ。だが致し方ないのだ、スワドの司祭とはこういうものだから――この世の森羅万象を司る法そのものである創造神スワドを奉じる者は、常にその叡智を探し求めなければならない。問答は教理解釈における第一の手法であり、人々を導く聖職者は、人々と忍耐強く、温和に、冷静に言葉を交わすことで、彼らの魂に救済を与える務めがあり……そういうことは全部まるっと抜きにしても、ミカが『善良な聖職者』である以上、これは避けられない試練なのだ。
そう、仕方がない、だが――今すぐ目の前の修道士の襟首を引っ掴んで、言いたいことがあるならとっとと言えと、脅しつけることができたなら……。
「パトレス・ミカ」
目の前で穏やかに微笑む司祭が、想像の中で自分に何をしているか知る由もなく、ユールはほっとしたようだった。少し恥ずかしそうにためらう間があったが、やがて思い切ったように口を開く。
「すみません、本当につまらないことなんです――あなたのように若い方が司祭様だなんて、すごいなと思って」
ちらりと彼を見やるその目には、確かに偽りない称賛の光がある。意表を突かれて、ミカは目を瞬いた。今更というか何というか、そういうことを言われるとは思っていなかったのだ。
「ああ……それは、神学校を出たので」
「スハイラスの『久遠の塔』ですよね」
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