史上最弱の魔王だけど俺が強い必要なんてない~どんなに血塗られた道だとしても、仲間と一緒この世界から争いを無くしてみせるさR
ばたっちゅ
【 出会いと別れ 】
第1話 始まりの物語 前編
いや、より正確に言うのなら困惑し、どうして良いのかが解らない状態であった。
歳は20を少し過ぎたくらいだろうか。身長は175センチ。中肉中背だが、それなりに鍛えられた筋肉が
髪は単純にバサッと切りましたといった感じの黒のショート。顔はハンサムとは言えない……少し童顔にも見えるが、それなりには悪くはない外見だ。
その黒い瞳に映るのは、目の前に並ぶ鉄格子。
鉄板の張られた天井は低く、
広さは手足を伸ばせない程に狭い。しかも下は石畳ときたものだ。お世辞にも快適とは言えそうにない。
だが地下というような湿り気は無い、辺りを漂うのは、むしろ乾いた空気と言える。淡く周囲を照らす光は太陽の物だろうか? だが強い光ではない。曇り……そんな感じだ。
――窓はあるようだが、ここからでは外は見えないな。
服は……買った覚えの無い、黒と白の縦縞で前をボタンで止めつける普通のシャツ。下も見覚えのないベージュ色の、腰を紐で止める粗末な麻のズボンに黒い革の靴。
パンツ――! と思って慌てて確認すると、恐ろしい事に履いていなかった。
強制的に着替えさせられたのだろうか……誰が、いったい何のために?
上下2枚しか衣類を身に着けていないが、寒さは感じない。緩やかな温かさ……春から初夏の間くらいの気候だ。
――なぜこんな状態に陥っているのか?
それを考える間もなく、格子の向こうでしゃがみこんで、こちらを覗き込んでいる青年が言葉を紡ぐ。
「やあ、意識はあるようだね。結構」
若い……年は十代後半、17~18歳位だろうか。自分よりも年下に見える。少年……そう言って差し支えの無い印象だ。
肩までの長い金髪に、闇の様に深い碧眼。顔は少し子供っぽさを感じるが、背は自分より少し高いだろうか。大人しくて気弱、そんな顔立ちだが、なぜなのだろうか……底知れない不気味な風格を漂わせている。
――人……なのか?
服は生地その物の
いや、今時こんな服を着ている人間は居ないだろう。
「先に謝罪しておくよ、すまなかったね。だけどどうせ失われた命なのだから、少しだけは感謝してくれても良いのだよ」
そう言う少年の表情は、悪びれた感じも無く微笑みを浮かべたままだ。
まるで自分は死んでしまったかのような物言いじゃないか。
だが――実際にそうなのかもしれない。そんな意識、記憶とも言えない曖昧なものが確かに心の内にある。
「ここでは時間はいくらでもある、君が死のうと思わない限りね。でも今の僕にはもう時間は無いんだ。中途半端な状態にしてしまって済まないとは思うけど、何か聞いておきたいことがあるのなら手短にね。先ほども言ったが、時間はあまり無いんだ」
――聞きたいこと?
いやむしろ聞かなくて良い事が思いつかない。
だが、今はどうしても確認したいことがあった。
耳慣れない発音、耳慣れない言葉、なのに……。
「なぜ、あなたの言葉が解るのですか?」
自然と意識もせずに、おそらくこの状態にした張本人を前に妙な話かもしれない。だが、なぜか敬語で質問していた。
それは、彼の身に
「ハハハ、最初の質問がそれとは。君はもしかして、僕が思ったよりも大物なのかもしれないね」
どう見てもそうは思っていない、そんな静かな、無感情な笑い方をして答える。
「それはね、君が次の魔王だからだよ」
――まったく予想もしていない答えだった。
そもそも答えにもなっていない、煙に巻くような返答。
だがこちらの抗議を聞くより先に青年が話を続ける。
「君を選んだのは僕さ。だけどこれはね、魔人が決めた事なんだよ。彼……いや、彼らがそう決め、そうした。意思を伝えるために、伝わるために。ちなみに文字も同じさ。魔王となる君は、この世に在る全ての文字を読むことが出来るだろうね。他に聞きたい事はあるかい?」
やはり答えになっていない気がする。
だが、時間がない――その言葉は本当なのだろう。簡潔に、こちらの知識は無視して彼の知識だけで返答している。
一つ一つの言葉についてレクチャーを受けている余裕はなさそうだ。
いつの間にか、無意識のうちに鉄格子を握りしめながら、矢継ぎ早に聞きたい事を
「魔王や魔人とは? 何のために俺を檻に入れた? 俺に何をさせたい?」
「魔王とは君の事だよ。魔人とは……そうだね、一言で説明するのは難しいね。少なくとも敵ではない、君にとってはだけどね。もちろん君が望むなら、敵としてくれても構わないよ。彼らは悲しむかもしれないけれど、決して怒りはしないだろう」
少年は静かな微笑みを湛えながら、淡々と答えてゆく。
「君が檻に入っているは、まあ儀式のためさ。そこに君が来るために、そして在るために必要だった、それだけさ。もう不要だけど、僕には持ち上がらないな。なに、すぐに誰かが来るよ。君の味方とは限らないけどね」
――さらっと酷いことを言いやがった。
しかし抗議の暇も与えず話を続ける。
「何をさせたいか、の答えだけど……それは僕には何とも言えないね。正直に言えばね、何もないんだ。ただこれだけは――まあ義務と
そう言うと少年は立ち上がり、そして――
「何をするにも君は自由さ。思うがまま、生きたいように生きればいい。さっきも言った気がするけど、ここには時間はいくらでもある、そう、それこそ飽きるほどにね。ただ同時に命の価値は何よりも軽い。ちょっとした事で、君は簡単に死ぬことになる」
もうこちらからは立っている彼の表情を伺い知る事はできない。
しかしその言葉からは、何か自責の様なものが感じられる。
「だけどこれは朗報だ。君はなかなか死なないよ。いや、勿論その命は軽くか弱きものだけど、君には死なない選択ができる。だが忠告しておくよ、死を避けるときは大きく避けることだ。細かく避けようとしてもね、結局は袋小路に入り込んでしまい、もう避けることはできなくなってしまうからね」
そう言うと、少年は背を向け立ち去っていく。
まだまだ聞きたいことは山ほどある、いや、本当に知りたいことなど何一つ聞けていない。
魔王? それはいったいなんだ? その役割は? そうして俺を選んだんだ?
――だがもうこれが最後なら、どうしても一つ聞いておきたいことがあった。
「貴方は、もういいんですか?」
「君は本当に大物なのかもね」
今度は少し本気な雰囲気を漂わせながら、青年は振り向きもせず手を振りながら去っていった。
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