第7話 死の幻
檻の中で愛想笑い。他にどうしろと言うのだろう。
集まってきた他の人間も興味津々だ。口々にいろいろな事を言いながら覗き込んでいる。まるで動物園の動物になった気分だ。
意識せず手を振ってみる。だが反応は厳しい。
もう本当にどうしろと? という状態だ。
流れのままに身を任せていると、青い鎧の青年が説明を始めてくれた。
……とりあえず、状況は説明しておかないといけないだろう。
そう、リッツェルネールは考えていた。これは義務のようなものだ。
「僕たちが見つけた時は、既にこの状況でした。ええと、陛下の方はいかが状況でしょうか?」
「正式な即位までは今まで通りで良い。俺もさっきなったばかりだ」
そう言いながら、カルターは懐から一つのメダルを取り出す。それには鎧と同じ牛の頭骨が彫刻されており、彼の手の中で強く光り輝いている。
「これはまた、参ったね」
リッツェルネールは小さく呟いた。王位継承が嘘だと疑った訳ではないが、改めて見ると現実を実感する。
それはティランド連合王国軍の王族が持つ、王位継承資格を現すメダルだ。
普段はただのメダルだが、王権を持つ者が所有した時だけその光を放つ。仕組みは解らないが、昔から伝わる品だそうだ。カルターとは昔馴染みであり、そういった事はよく聞いたものだ。
しかし困ったものだ……。
彼が所属するアルドライド商家は、もっと継承順位の高い王族に投資していた。
まさか継承権17位。それも正確に言うなら、この第八次魔族領遠征が始まった時には継承権32位だった男が国王なるとは思わなかったのだ。だがそれ以上に……。
「君にだけは、王になって欲しくは無かったけどね」
「ぬかせ! 俺はこれでも優秀なんだよ!」
カルター・ハイン・ノヴェルド、ティランド。
ティランド連合王国の王族であり、継承権は第17位……だった。
気さくな性格と戦闘隊長としての高い実績から、部下達の信頼も厚い。そして、過去三度の戦争を敵味方に分かれ戦った男。
「それとな、こちらも同様だ。見つけたのは檻と骨、他には何もねぇ。行き止まりだ」
「ここはハズレって事か……無駄足だったね、メリオ」
だがメリオは、リッツェルネールの後ろから動こうとはしない。
じーっとカルターを睨めつけている。童顔もあり、少々むくれたような表情が少し子供っぽい。
「嫌われたもんだな。一応は昔馴染みだろう」
カルターは溜息をつきながら大斧を肩に担ぐ。
「そうだよ、メリオ。小さい頃は遊んでもらっていただろう?」
少し場の空気が和やかになりかけるが、メリオの高い声がその空気を再び緊張させる。
「あ、あの、そうでしたら、至急司令部に戻った方が良いのではないですか? こんな最前線にいつまでもいられては、全軍の指揮に係わります」
多少怒った感じのするきつい言葉。だが、それを聞いた二人は少々複雑な表情を滲ませる。
「本陣なんざ、もうねえよ」
カルターの寂し気な言葉。
リッツェルネールとしては、今の状況は最悪だと言わざるを得ない。
前国王、いや前々々々々々々々々々々々々々々々国王は、最も安全な総司令部で他の有力な国王らと共に全軍の指揮を執っていたのである。
だが死んだ。
継承権上位の者もまた、同じく総司令部や後方予備司令部、物資集積所と言った、かなり安全と思われる場所にいたはずだ。
それでも死んだ。
それにより今、カルターは国王となったのである。
元よりここは魔族の地、魔族領だ。人間にとって安全な場所など、最初から一片すら無いのだろう。
「だけど、まだ全軍が崩壊したと決まったわけじゃない。カルターには、戻って纏めてもらわないと困るな」
ティランド連合王国は魔族領侵攻の中核国家、四大国の一つであり、今現在行われている戦いでは総司令官の立場にあった。
この国が機能不全に陥れば侵攻軍全体が崩壊の危機に瀕する。
また一方で、この遠征が失敗となればティランド連合王国はその立場を失い、国家の地位は失墜。最悪連合国家自体が瓦解する可能性もあった。
故に、ティランド連合王国は、全ての王族が魔族領への遠征に参加している。
軍事的な才能を見いだせない者は継承権を降格、もしくは剥奪されるという、徹底した軍事政策の賜物であった。
とは言え、継承権が高いほどに司令部近くにいるのが常である。
死んでも引き継げると、死んで良いとは全く別物であったからだ。
ましてや総司令官ともなれば、最も安全な場所で全軍の指揮を取らねばならない立場である。
また一方で、メリオやリッツェルネールからしてもティランド連合王国の崩壊は大問題だ。何と言っても、祖国であるコンセシール商国は現在、この国に従属しているのだから。
カルターが死ねば次の誰かが継ぐのだろうが、それが誰で、今何処にいるのかはわからない。継承権18位以降……場合によっては、この領域に居ないかもしれないのだ。その場合、ここまで来ながらも全軍撤退を余儀なくされる。孤立した自分達に待っているのは、疑いようも無い死であろう。
「そうだな、結局戻るしか手はないか。じゃあその前に、こっちだな」
カルターがじろりと睨んだ先。
そこでは檻に入った貧相な男がにこやかに手を振っていた。
再び視線が注目する。ハーイと手を振ってみるが、場の空気は変わらない。ガチャガチャと金属音を立てながら、檻を囲うように兵士達が配置に着き、一斉に槍をこちらに構える。
またもや絶体絶命だ。状況次第では躊躇なく殺す、そんな空気が漂っている。
王様は青い鎧の青年と軽く会話をしてから、しゃがむような姿勢でこちらを覗き込んでくる。改めて見ると、かなりの迫力だ。
「事情は粗方聞いた。アイワヨシキ、名前以外は不明か。俺からも幾つか質問しよう。魔王を知っているか?」
――魔王、その名前は知らぬわけがない。
だが、迂闊に答えれば死に直結する。それも本能で判る。どう応えるべきか……。
「知りません」
判断が付かず、取り得ず嘘をついて誤魔化した。だが――
(( 嘘です ))
( 背後から聞こえてくる女性の冷たい声 )
( その瞬間、今度はよりはっきりと、3か所から金属の刃物のようなものが体に突き立てられる! )
( 自分は叫んでいるのか? 自分でも分からない、声にならない、ただただ激痛のみが掛け巡る )
( 目の前の大男が、立ち上がり唾を吐くのが見えた……… )
「うわああぁぁぁぁぁ、あ、ああ、ああああああああ!」
思わず叫んでいた。
慌てて確認するが、体には傷も痛さも残ってはいない。
今のは何だ!? いや、最初にもあった気がする。確かに自分の体に槍が突き刺さったのを感じた。流れ行く血、痛み、絶望感、全部本物だ。
「フム、少し質問を変えよう。魔族に襲われた経験は?」
質問を変える……では確かにさっきの質問は行われた。時間が巻き戻ったとかではない。未来視――死の予感。死なない選択……その言葉が思い出される。
だが、今それを考えている余裕は無い。
「魔族っていうのが何なのかは分かりません。さっきの触手みたいのがそうでしたら、あれだけです。他には見た事もありません」
「真実です」
背後で確かに女性の声がする。
「ここに入れられる前は何をしていた?」
思い出す……いや、思い出そうとするが、どうやって入れられたのかは見当もつかない。そもそも自分は、その前は何をしていたのだろう。だがそれすらも闇の中、記憶に存在していない。
「わ、分かりません」
「真実です」
何とか大丈夫だったようだ。真実――答えられない、本当に知らないなら、確かに分からないという答えも真実だ。この声は嘘発見器のようなものか……。
「ティランド連合……あ、いや、国は分からねえとかだったな。じゃあ魔族に襲われる心当たりは?」
「全くありません」
やはり背後から聞こえてくるのは「真実です」の言葉。
「役に立たねぇな……」
「スミマセン……」
それしか言えなかった。どうやら王様と青い鎧の青年は協議に入ったようで、しばらくは暇だろうか。今のうちに後ろを……と思ったが、すぐに青い鎧の青年がやって来た。早いなー。
「さっき確認しようと思ったのだけどね、これは読めるかい?」
そう言うと、青年は懐から金属の板を取り出す。
「読んでごらん」
そう言って渡された板は長さ16センチ、幅6センチ、厚さ3ミリほどの薄く小さな金属板だった。見た目より軽い、触れたことも無いような質感の不思議な金属。
表に幾何学を模したような模様が刻印されており――
「アルドライド商家42-941-10-40-1-74-0。リッツェルネール・アルドライト。第三侵攻軍最高意思決定評議委員長。階位7、ですね」
くるりとひっくり返す――裏には引っ掻き傷のような刻印。
「金は正義であり、金は忠義であり、金は真実であり…」
「ああ、そっちは良いから。文字が読める事が分かれば十分だよ」
ひょいと金属板を取り上げる。
一瞬だが、彼の目の中に危険な光を感じた気がした。
「では次だ」
――そう言って今度は腰のポーチから二重円の周囲にひし形を並べたような模様の石を取り出す。
それは彼の手の中で、その手を覆い隠そうとするように――音もなく、だがボボボと炎のような音が出てもおかしくない勢いで黄色い煙が沸き上がっていた。
「これを持って。ああ、拒否すれば周りの兵士が君を殺すよ。黒い煙が出ても同様だけどね」
――いやです。とはさすがに言えない。
安全であって欲しい。どうか黒い煙だけは出ませんように!
祈るように受け取るが、幸いにして皮膚に当たっている部分からチョロチョロと黄色い煙が出るだけだった。
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