第4話 屍を越えて進むのみ

「それは喜ばしい事だね」


 リッツェルネールは、あまり感情を出さす淡々と答えながら状況を整理する。

 自分達商国軍よりも先に、ここには各国多数の兵員が進行していた。その数は、おおよそ2万人。

 だが発見したのは自分達の部隊。功績に沸くより、溜息が先に漏れる。

 これではとてもじゃないが、楽観視など出来ない。先行隊を全滅させた石獣はすべて倒しきったのか? それとも、どこかに潜んでいるだけなのか……?


「発見したのは何処の部隊だ? それと現在の状況を」


「少々お待ちください……ええと……」


 通信機の脇に付いたモニターに暗号のような文字が浮かび上がる。

 実際には通信機どころではなく、通信だけでなく、データのやり取り、記録、分析、情報処理。様々な検査キットを兼ねたコンピューターのような代物だ。

 ただそれを扱うには特別な才能と、機械ごとに設定された暗号を読み取るための眼鏡が必要になる。

 ある意味に不便だが、そうそう中の情報を閲覧されない点は便利でもあった。


 そこには今、各部隊から山のように通信が入っている。

 リアルタイムな通信ではなく、全てメール形式だ。どうしてもタイムラグが生じるが、それは仕方が無いだろう。

 どれも重要な報告だが、今はそれを全て読んでいる余裕はない。頭をフル回転させ、司令官に伝えるべき最小限を割り出す。


「1番隊、2番隊ともに全滅です。生存者無し。3番隊は分岐を発見し、現在も奮戦中。5番隊も向かっています」


 領域戦は、互いの数を擦り減らすように進行する。先行した部隊の壊滅は覚悟の上だ。

 やはりという感情と共に、まだ2部隊しか壊滅していない事に安堵する。

 分岐を派遣したら、以後は交互に別れて進む手はずだ。3番隊が進行し5番が続くと言う事は、予定通り4番隊が分岐の片方に進んだと言う事だろう。そしてその後には、自分達6番隊が続くことになる。


「4番隊ミックマインセが更なる分岐を発見。コンシュールを臨時分隊として進行……」


「ミックマインセか……」


 確か4番隊の隊長はヘヴィードだった。変わったという事は戦死したのだろう。

 一方ミックマインセは三大商家ほどではないが、その下にある七商家の一つ、実働軍を統括するマインハーゼン商家に属するものだ。

 引継ぎの順番を考えればかなりの上位。おそらく、戦力はかなり残っていると考えられる。だがそうであれば、少々妙だ。

 4番隊が健在であれば、先ず6番隊――つまり我々と合流し、互いの戦力や状況を確認。場合によっては再編成をして分岐する予定であった。勝手に事後承諾で当初の作戦を変更するなど、普通は有り得ない。

 だが戦場に普通は無い。ましてやここは魔族領だ。


「なぜミックマインセは、我々の到着を待たなかった?」


「連絡はありません」


(後で確認するしかないな……)


 どちらにせよ、本人や4番隊に属しているものに聞かなければ意味は無いだろう。

 それよりも――


「コンシュール分隊が山中への入り口を発見。人間が突入できるサイズの坑道です」


「分かった。今はそれが最優先だろうね。司令部に侵入口発見の連絡を。それと、後続の部隊は全てそこを目指すように」


「了解しました」


 メリオの連絡が終わるのを待って、全員出発する。

 しかし、通信確認中に7番隊が追いついてこなかった事が一抹の不安となって小さな棘の様に引っかかっていた。





 ◇     ◇     ◇





 泥のようになった血の川を進み、日も暮れようとする頃には報告通りに天井のある山への入り口に到達する。

 だが、途中で壁から沸いた小型の石獣との戦いが2度あり、人数は14人と半減していた。


 入り口は山の中腹よりわずかに上程度。

 壁に入った亀裂のようにしか見えなかったが、その奥の空洞にわずかに風が入ってゆく。


「当たりだな、侵入口に間違いないだろう」


 少し窮屈だが鎧を着用したまま通れる亀裂。

 付近には目印であるかのように、刃渡り20センチ程の高価そうな2本の短刀が打ち込んである。


「メリオ、照合を」


「コンシュール・フォーヴォノス分隊所属、マリッカ・アンドルスフの品です」


 通信機の情報に目を通しながらメリオが報告をすると――、


「おー、アンドルスフ商家のあの“お嬢様”か」


 追随している兵士の一人が言う。

 アンドルスフ商家はコンセシール商国三大商家の一つ。皆が憧れる大商人の家柄にして、自分達の支配者層だ。

 だが一方で、この“お嬢様”には多少の侮辱が含まれている。

 同じく三大商家のアルドライド商家に属するリッツェルネールとしてはたしなめる立場ではあったのだが、あえて咎めはしなかった。

 むしろ、軽口を叩くだけの気力がある事が逆に頼もしい。

 それに、次に会ったとき彼女を“お嬢様”と呼ぶ者はいないだろう。

 これは、立派な戦果であるのだから。

 

 

 侵入口がある溝は完全に袋小路になっており、ここから分岐するような道は無かった。

 壁にも床にも相当数の血の染みが広がっており、石獣に喰われ、そして吐き出された潰れた武具も多数転がっている。

 生存者は誰もいない……。


「とりあえず、中へ入ろう」

 

 入る前に振り向くが、高い壁に囲まれたそれぞれの溝の中の様子は見えない。

 各所で上がる炎の竜巻が吹き上げるものが、生きていた人間なのか、それとも死体なのかも解らない。

 戦況は未だ闇の中であった。





 ◇     ◇     ◇





 亀裂の内部は少し広がった空間であった。

 外とは違って少しひんやりとして、奥へ向けて僅かに風が吹いている。

 さらに奥へと続く様子が伺えるが、先ずはそちらよりも状況確認が先だろう。


「各隊からの連絡と司令部からの指示はどうなっている?」


「総司令部から連絡が入っています。ティランド連合王国軍が山中への侵入口を発見、突撃を開始したとの事です」


「さすがは軍事大国。大したものだね」

 

 ティランド連合王国は、世界の中枢を担う四大大国の一つ。連合王国の名の通り、多数の国家の複合体であり、コンセシール商国もまた含まれる。だがあくまで、コンセシールは従属国家だ。正式加盟として認められてはいない。

 とは言え商国軍の第一軍、第二軍は連合王国と行動を共にしており、上手くいけば悲願達成の上、祖国も大いに地位を上げることが出来そうだった。

 しかしその一方で、リッツェルネールが率いる第三軍は絶望的な状況といえた。


我々第三軍の状況は……軍として機能しているのは、ザパート部隊長とカンザヴェルト部隊長だけです。他の部隊の奮闘はしていますが……」


「この溝に入った部隊は? 先行している3、4、5番隊と後続の7番隊以降。それに本陣待機の予備兵力だ。指示通り動いているかい?」


「それが……連絡取れません。どの部隊共です」


「それは困ったものだね、では、司令部からの指示は? 入り口を発見したんだ。増援は来るんだろうが……」


 常識的には……というより、当初の作戦通りならティランド連合王国に属するどこかの国が動くはずだ。その国や規模次第では、これからの方針が変わる。


「だめです。方面司令図、総司令部共に交信がありません。連絡は最初にあった入り口発見に関してのみです。以後は一切の通信がありません」


 そんな馬鹿なと言いたいところだが、メリオの真剣な瞳が真実であることを物語る。

 まあ、こんな状況で冗談など出ようはずもないが。


 他の溝に侵攻した部隊の内、今も軍隊として機能しているのはわずか2個部隊。

 同じ溝に侵入した部隊は全て連絡途絶。そして司令部もまた、健在かどうかすら分からない。


(ここまで酷いとはね……)


 これは領域戦だ。部隊の壊滅は仕方がない。そういうものなのだから。

 そかしそれでも、司令部は最も安全でなければならない。

 でなければ、前線の部隊は状況も解らないまま各個に戦い各個に消耗し、やがては擦り切れて消えるだけである。

 

「他の部隊や司令部に何があったと思う?」


 メリオに尋ねてみるが、首を横に振るだけだ。

 勿論、リッツェルネール本人にも予想はつかない。

 確実な事は、相当数の人命が既に失われていると言う事だけだった。

 

(……儚いな)


 それでも尚、人類はまだその人口を持て余していた。

 

「継戦中の部隊には全軍退却を指示してくれ」


 しばし悩んだ末、リッツェルネールはコンセシール商国第三軍の退却を決定した。

 音信不通の司令部が安全という保証はないが、それでも溝の中で戦い続けるよりは遥かにマシだろう。今後の戦局がどう動くかは分からないが、それだけに兵力は少しでも残しておきたかった。


「それと、集結後は最も階位が高いものが全軍の指揮を引き継ぐようにと」

 

「発煙筒は使う?」


 メリオはカバンから何本もの筒を取り出す。

 それらには、それぞれ赤、青、緑、白のリボンがつけられている。

 色の組み合わせで様々な指示を出す緊急用のものだ。

 

 いや――と言って外の空を見る。

 元々油絵の具の空はどんよりと暗かったが、今では漆黒に覆われつつある。

 もう発煙筒は意味が無いだろう。

 

「僕たちは、先へ進もう」


 無謀とも思える進軍。だが誰一人、異を唱えるものは居ない。

 リッツェルネールを含めた全員が、片道切符を握りしめてこの山に入ったのだから。

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