第8話 重戦士と女子高生とケーキ

「ただいまー! ふぅ、喉渇いたぁ」


 家に着くなり、一花は通学用のスクエア型バックパックを床に落とし、冷蔵庫を開けた。そして、作り置きの麦茶の容器を取り出して、


「あ!」


 鎮座している紙箱の存在に気づいた。


「ケーキだ!」


「水沢氏が一花殿のお土産にと」


 目を輝かせる一花に、畳に座ってテレビを見ていたリクトが説明する。


「そっか、今日は面談の日だったんだ。私も学校がなければ行ったのに。なにか新しい情報はありました?」


「今回も空振りだ」


「それは残念でしたね」


 一花は落胆のため息をついてから、気を取り直して明るい声で皿を取り出す。


「せっかくだから、今食べちゃお。リクトさんは?」


「いただこう」


「じゃあ、お湯沸かしてください。ケーキには紅茶ですよね」


 一花が紙箱を開く横で、リクトが電気ケトルに水を注ぐ。


「ショートケーキとチョコレートケーキ。これ、リクトさんが選んだんですか?」


「いや、俺はこちらの菓子に詳しくないから。水沢氏が」


「やっぱり。堅実に定番二品を選んでくるあたりが水沢さんっぽいですよね。外さない、抜け目ないって感じ」


 一花はいかにも役人然とした水沢の顔を思い出す。

 湯が沸いたら一つのティーバッグでマグカップ二杯分の紅茶を淹れる。


「生クリームもいいし、チョコも捨てがたい」


 皿のケーキを目の高さに並べて、一花は唸る。


「リクトさん、どっちがいいですか?」


「どっちでも」


「はい、聞いたわたしが愚かでした」


 リクトの答えなんて最初から決まってる。


「じゃあ、半分こにしましょうか。一個しか乗ってないショートケーキの苺はジャンケンで」


「一花殿が食べていいぞ」


「ダメです! 公平に競い合って勝者が栄光を掴むのです!」


「……お、おう」


 鼻息荒く力説する女子高生に、異世界最高峰の冒険者は気圧されてしまう。


「して、ジャンケンとは?」


「グー、チョキ、パーの三種類の手の形で勝負を決める遊びです」


 一花はそれぞれの形の意味と勝敗の決め方を説明する。


「では、いきますよ。じゃーんけーん……」


 ぽんっと出した一花の手はグー。リクトはパー。


「……」


 一花はふるふると握った拳を震わせて、


「実は三回勝負でした!」


 謎の開き直りをみせた。


「はい、二回戦。じゃーんけーんぽん!」


 一花、チョキ。リクト、グー。


「ふぎゅぅ!!」


 一花は絶望の悲鳴を上げる。

 三回中二回負ければ勝敗はついた。しかし、往生際の悪い彼女は──


「これで終わりと思わないでください! 最終決戦はボーナスで一回で三回分の勝ちになりますよ!」


 ──総てを覆す強権を発動した!


「じゃーんけーん……ぽん!」


 一花、パー。リクト、チョキ。

 異世界人の完全勝利だ。


「うぅ……。日本に生まれて何千回もジャンケンしてきたわたしが、今さっきルールを覚えたトツエルデ人に負けるなんて……」


 膝をついて項垂れる一花に、リクトは気まずけに面頬を掻く。


「トツエルデにも似たような遊びはあるし、俺、この手の勝負に負けたことないから」


 異世界重戦士は異常に勝負強かった。


「一花殿、そんなにがっかりしなくても。最初から言っているが、このイチゴとやらは一花殿が食べていいぞ」


 リクトが慰めのために肩に置いた手を、一花は振り払う。


「憐れむのはやめてください! 敗者に情けは無用です。勝者は振り返らず、喜んで賞品を受け取ればいいのです! この時期の苺は大変貴重で高級で、きっと勝利の味も加わってさぞかし甘いことでしょう……っ」


 涙を浮かべて語る一花。……物凄く食べづらい。


「苺は潔く諦めますから、せめてチョコケーキに乗ってる飾りのチョコプレートはわたしにくれませんか?」


 未練たらたらで両手を組んで懇願する女子高生に、重戦士は二秒ほど考えて、


「ジャンケンするか?」


「……っ!」


 途端に一花は頬を膨らませた。


「もう! リクトさんの意地悪!!」


 ポカポカと胸鎧を叩いてくる一花に、リクトは声を出して笑った。

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