第5話 アルバイト

「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか?」


 にこやかにマニュアル通りの挨拶をする。

 放課後。セーラー服から店のユニフォームに着替えた一花は、バーガーショップのレジに立っていた。

 駅前のこの店でアルバイトを始めて三ヶ月。適当に単品メニューを数個注文されても、瞬時に同じ内容で一番割引率の高いセットを提案出来るくらいには慣れてきた。


たかむらさん、一時間延長できる? 野村さんが急に来れなくなっちゃって」


 接客の合間に、申し訳なさそうな店長に拝まれて、


「いいですよ」


 二つ返事で了承する。稼げる時に稼いでおきたいし、今日がバイトの日だということはリクトに伝えてあるので、ちょっとくらい帰りが遅くなっても問題ないだろう。

 平日だというのに、今日はやたらと客が多い。ミスなく注文を捌いているのに、レジ前の列は途切れない。それでも疲れは絶対見せず、笑顔で接客し続ける。


「ご注文を繰り返します。チキンバーガーのポテトセット、お飲み物はコーラMですね。お品物は右手のカウンターからのお渡しになります。レシートの番号でお呼びしますので待ちください」


 一花が会計を終えて一礼し、顔を上げると……支払いが済んだ客がまだレジの前に立っている。


「お客様、右のカウンターに……」


 もう一度促すが、二十代と思しき茶髪の男性はニタニタ笑うだけで動かない。


「ねえ君、『TAKAMURA』さん? 可愛いね。いくつ? JK?」


 カウンター越しに顔を近づけて名札を読まれて、ぞぞぞっと鳥肌が立つ。


「シフト何時まで? 終わったら遊びに行かない? 待ってるからさ」


 混雑した店内で店員をナンパなんて迷惑極まりない。一花は内心憤るが、相手は客なので迂闊に騒げない。ここは店長に対応してもらおうと辺りを見回すと、ふと、視界の端に銀色の煌めきが見えた。

 途端に一花は驚くほどほっとする。完璧な営業スマイルを顔に貼り付けたまま、淀みなく茶髪男に返した。


「申し訳ありません、お客様。後ろにお待ちのお客様がいらっしゃいますので、ご移動願えませんか?」


 一花の言葉に、茶髪男は露骨に不機嫌になる。


「あぁ? 後ろの客なんて放って……」


 舌打ちしながら振り返った男は、背後の客を睨みつけようとして……凍りついた。

 何故ならそこには、全長二メートルを超えるいかつい全身甲冑プレートアーマーが立っていたから。

 甲冑は少しだけ首を動かし、男を見下ろした。


「うわっ!」


 眉庇バイザーの下から覗く鋭い眼光に射抜かれ、男は震え上がる。


「番号1153のお客様ぁ!」


 タイミング良く右カウンターからレシート番号が呼ばれ、茶髪男は転がるように商品を受け取って店外へと逃げていく。

 笑っちゃいけないんだけど……ちょっと溜飲が下がった。


「お待たせしました、お客様。店内でお召し上がりですか?」


 本物の笑顔で接客する店員いちかに、甲冑リクトは挙動不審に頷く。異世界人の彼は、ファストフードの注文に慣れていないのだ。


「ご注文はお決まりですか?」


「……任せる」


 ファストフードで馴染みの小料理屋のような注文をするリクトだが、それは仕方がない、予備知識のない異世界人にメニュー表を観ただけで料理を注文しろという方が酷だ。

 しかし、そこは勝手知ったる同居人の一花だ。


「でしたら、このトマトチーズバーガーをポテトLセットで。お飲み物はレモンスカッシュでいかがでしょう?」


 客の好みを熟知した店員のオススメに、リクトは黙って頷いた。

 会計が済み、レシートを手渡しながら一花はこっそり囁く。


「あと十五分でシフト終わるから、食べながら待っててくださいね」


 その言葉に従って、全身甲冑はイートインスペース隅の一人席に座って食事を始める。


 ガラス張りの店内で面頬をずらしてハンバーガーを囓る重戦士の姿に……往来に人だかりが出来たことは言うまでもない。


◆ ◇ ◆ ◇


「お疲れ様でした!」


 仕事が終わり、セーラー服とポニーテールに戻った一花は、客席の全身甲冑に駆け寄っていく。リクトは邪魔にならないよう縮こまっていたつもりだが、銀色の金属ダルマは遠目にも存在感抜群だ。


「お待たせ。帰りましょうか」


「ん」


 手甲を不器用に動かすリクトに代わって、一花がトレイのゴミを分別して片付ける。


「ありがとう」


「いえいえ、店員さんですから」


 和気藹々と店を出ていく女子高生と全身甲冑に、まだ仕事中の他の従業員が頭を寄せ合う。


「あの甲冑、誰? ってか、何? たかむらさんの知り合い? 事案?」


「東風野川市七不思議の一つ、『動く鎧リビング・メイル』だろ。中身入ってんの?」


「最近噂になってる異世界人らしいけど、なんで一花ちゃんと一緒にいるのかは……」


 ……当の本人が帰ってしまったので、真相は藪の中だ。

 同僚に不可解な蟠りを残したのを知らぬまま、一花は甲冑の異世界人と並んで家路を歩いていく。


「今日はどうしたんですか? わたしのバイト先に来るなんて初めてじゃないですか」


 一花の問いに、リクトは面頬を指で掻く。

 

「俺も偶然近くでバイトしていて、帰りに通りかかっただけだ」


 ……それはすべて事実だが。バーガーショップの前を通り過ぎようとした時、一花が絡まれているのが見えて思わず店内に飛び込んだとは、敢えて言わない。


「それはいい偶然でした」


 何も気づかず一花はにこにこ笑う。


「それで、今日はどんなお仕事したんですか?」


「ディスなんとかという店の開店記念でフーセンを配った」


「通りの向かいのディスカウントストアですね。今日オープンだったんだ」


 そういえば郵便箱にチラシが入っていた気がする。


「しかし、あのフーセンという物はどうやって浮いているのだ? 魔法か?」


 不思議がるリクトに、一花は思いついて悪戯っぽく笑う。


「中に夢と希望が詰まってるんですよ」


 それは軽い冗談のつもりだったが、


「なるほど、だから子ども達があんなに欲しがったのか。たくさん配れて良かった!」


 兜越しの目をキラキラさせて喜ぶ純粋なリクトに、ドカンと罪悪感が押し寄せる。


「……ごめんなさい、本当はヘリウムガスっていう気体です」


 異世界人に迂闊に冗談を言うと本気で信じてしまうので気をつけよう、大いに反省する一花なのであった。

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